90.技術
結局1日目を半分寝て過ごしてしまったエイシェル。
早朝に目が覚めてしまった為、特にやることもなく手持ち無沙汰となっていた。
「昨日は調子に乗っちゃったな……こんなんじゃアリスのこと言えないわ……気をつけないと……。それにしても、寝過ぎたからか起きるの早すぎたな。何か時間をつぶすものがあれば……ん?」
ふとエイシェルの目に机に置かれた冊子が映った。
それは船内の案内本で、乗客を飽きさせないために置かれたものである。
エイシェルはその冊子を手に取りパラパラとめくると大浴場の記事が目に入る。
そこには『オススメ!朝風呂!』の文字があった。
記事を読むと朝なので利用客が少なく落ち着いてお風呂に浸かれるのだという。
渡航の度に入れ替えるお風呂も目玉で行ってみてからのお楽しみとの事。
「朝風呂か……せっかくだし入ってこようかな」
エイシェルは着替えを持って大浴場へと向かうのであった。
「おまえら!!根性が足りん!!このくらいの暑さで根を上げてどうする!!おまえらならまだまだいけるだろぉぉお!!!」
「「「おおおおおおお!!!」」」
「くっ……みんな!!向こうの班に負けるな!!みんなで誰ひとり欠けることなく勝つんだ!!!」
「「「おおおおおお!!!」」」
「……どうしてこうなった……?」
結論から言うと早朝から暑苦しかった。
騎士団の中でさらに班分けされているらしく、熱狂的な2つの班がサウナで持久戦を繰り広げていた。
エイシェルが最初に来た時は誰もおらず、それこそ冊子の通り優雅な時間だったのだが、エイシェルがサウナに入っていると後から続々と入ってきたのだ。
そして2つの班が鉢合わせてしまいいつの間にか勝負が始まる。
そんなところに居合わせてしまったエイシェルは入口から一番遠い場所に陣取ってしまっていた為出るに出れない状況となっていた。
(正直かなり蒸し暑いんだが……これサウナ本来の暑さの他にも原因あるよな……。むさ苦しいというかなんというか……)
サウナの熱気もあるが、何よりも筋肉隆々のおっさんたちがひしめき合うその光景は地獄絵図だった。
その中に紛れているエイシェルはなんとも言い難い気持ちに襲われる。
早く出たいがどう出ようか考えていると頭がボーッとしてきた。
団員達よりも先に入っていた事もあり完全にのぼせていたのだ。
(あー……目の前が筋肉でいっぱいに……筋肉……筋肉……あ……おっちゃんどうしてるかなー…………)
そう思ったところでエイシェルの視界は急激に暗転してしまうのだった。
「おい!少年!大丈夫か!?」
「大変だ!早く外に出さないと!」
「みんな!!早く運び出せ!!」
「いきなり水はかけるなよ?心臓に悪いからゆっくり冷ますように…………」
『……ぃ』
(?)
『……い!』
(誰かが何か言っている気がする)
『おい!起きろ!いつまで寝てるつもりだぁ?』
(あ、え?)
『わるいわるい。つい気持ち良くてな』
『ったく。人がせっかく作った船を披露してやってるのに……』
『だから悪かったって。それに、作ったって言っても実際に手を動かしたのはあちらさんだろ?』
『設計と技術提供は俺なんだがな』
『んー……設計者ってことなら作ったって言えなくもないのか』
『なんでそんな頑なに認めようとしない……』
『だってこんな筋肉だるまがこんなすごいものを作るとは思えなくてな』
『筋肉は知恵の結晶だぞ?考えて鍛えないとこうはならん』
『さいですか……』
誰かが話しているのが聞こえる。
景色は見えないが会話は聞き取れた。
心なしか両方とも聞き覚えのあるような気がする。
エイシェルは声の正体を思い出そうとしていたが、そんな事はお構いなしと会話が進む。
『そもそも、これはどうやって動くんだ?魔法じゃないんだろ?』
『あぁ?なんだ興味が湧いたのか?……とある種族で作られた技術を使ってるとだけ言っておこう。お前ならそのうちそいつの正体がわかるんじゃないか?』
『なにを根拠に……さっぱりわからんのだが?』
『簡単に原理を説明するとだな……船の天井にパネルがあるだろ?あの大きいやつな。あれがお日様のチカラを受け取って、そのチカラを溜め込んでるんだ。そんで、その溜め込んだチカラを使って動かしてるってわけ』
『ますますわからんが……その理屈だと雨の日はどうするんだ?雨の日は太陽なんかでてないだろ?』
『雨の日は蓄えていたチカラで動かすんだが……溜め込む量が少ないと動かなくなっちまう。…………本当はバックアップで別の動力もつけたかったんだがな。それをしちまうと本末転倒だからなぁ』
『……?結局のところどうなんだ?』
『晴れまで待てって事だ』
『うぇ……航海中に止まって遭難とか勘弁してくれよ?』
『大丈夫だ。しっかりと蓄えれば2週間は補充なしで動かせる。それに、航海中もずっと雨や曇りっとことはないだろ?』
『そんな設計で大丈夫なのか……?』
『まずはやってみることが大事だ。記念すべき1人目のお客様の期待は裏切らないぜ。なぁ、"勇者様"よ?』
『あんたに様つけで呼ばれるのもなんか変な感じだよなー。まぁ目的地までかなり時間短縮出来そうだし期待してるよ?』
2人の会話を聞いていたエイシェルだったが、急に意識が遠のくのを感じた。
(あれは……誰だったんだ?片方は勇者ってことだが……船ってこの船か?勇者のいた時代に作られた……?)
わからないことだらけでもう少し聞いていたかったが、そこで意識が途絶えるのを感じた。
「……ぃ」
(?)
「……い!」
(また誰かが叫ぶ声が聞こえる)
「おい!大丈夫か?生きてるか?」
エイシェルはぼーっとする頭で考えた。
そこで、そういえばさっきまでサウナに入っていたことを思い出す。
周りが涼しいことから脱衣所まで運び出されたようだ。
「……あー……もう大丈夫……です。せっかくの勝負邪魔しちゃってすみません。」
「おお!無事か!なに、勝負なんていつでも出来るからな!おまえさんが無事で何よりだ」
その人はエイシェルの無事を確認すると次の予定があると言いすぐにどこかへ行ってしまった。
確か暑苦しく根性を見せろとか言ってた人だ。おそらく班の長かなにかで忙しいのだろう。
エイシェルが根性班(仮)長?が去った後をみて少しぼーっとしていると今度は班員らしき青年が数名現れた。
……どうやら団結班(仮)の班員もいるようだ。
「きみ、もう大丈夫そうだね。よかった……そして、ありがとう!!」
「え?」
いきなりお礼を言われるエイシェル。
何のことかと思っていたところに説明が入る。
「あの人たち何かと張り合うものを見つけては僕たちに競わせるんだ……」
「その場の空気で俺たちも熱くなっちゃうんだけど……今回のは終わりが見えなかったからな。きみが倒れなかったらどうなっていたことか……。いや、きみには悪いと思っているんだ。だけど本当に助かった。ありがとう。」
エイシェルは話を聞いてなぜお礼を言われたのか納得がいった。
たしかに班員であったら断れないし、班長の立場でも一回始めてしまったら途中でやめるのは班員に示しがつかない。
初めしまったが最後歯止めの効かない勝負になるところであった。
「班長達は団長に呼ばれて反省会みたいだよ。……流石にサウナを勝負に使うのは危ないって事でこれから怒られるんじゃないかな?」
「普段の勝負は体力作りとかちゃとしたものなんだけど、船の上だとどうしてもやれる事が限られるからね。班長達も大変そうだよ」
班員の話を聞く限り、どうやら班長達は班員に無理難題を強いているというわけではなく、ちゃんと人望はあるようだ。
船の上でできる勝負事を探していた班長達がその場で思いつき始めてしまったのが今回の原因のようだ。
エイシェルがそんなことを考えていると、班員達もこの後に朝礼があるとのことで風呂場を去っていった。
脱衣室にはエイシェルひとりだけが取り残されていた。
「……なんだかなー」
エイシェルが部屋の時計を確認するとそこまで時間は経っていなかった。
決めていた集合時間迄まだ少しあるが病み上がりのため、エイシェルは時間まで部屋で休むことにした。




