110.涙食姫再び
アリスとフルームはひたすらに食べていた。10分が経過しようとしたところで両者とも半分くらい減っているように見える。
(ハムカツとかき揚げの量がえげつなかった……美味しかったけど。……そしてこれは……エイシェルが食べてたやつでは?)
「おぉ!カキフライが並んでる!……え、多くない?」
そこにはエイシェルが食べていたものと同じカキフライがあった。エイシェルが食べた量の3倍はあるであろう量が広がっており、タルタルソースも散りばめられていた。揚げ物に次ぐ揚げ物の猛攻。通常の挑戦者はここで諦めるものが出てくる。……食べ慣れない人はクセのあるカキフライに抵抗があるのだ。ましてやその断面。初めて見た人はその時点で手が止まる人もいる。
事前に話をしていた為、アリスもフルームもカキフライ一つをひと口で食べ進めることができた。……はずだった!
「真ん中のやつ……大きすぎない?」
フルームが思わずつぶやく。それもそのはず、他のカキフライの2倍はあるであろう大きなカキフライがひとつ鎮座していたのだ。これではひと口では食べれない。そう誰もが思ったところでフルームがかぶりつく。そして噛みちぎった。これでフルームの箸が止まってしまうかもしれない。アリスとエイシェルは、もっと言えば周りでちらちらと様子を窺っている外野もそう思った。
「もぐもぐ……。あ、私はこれ大丈夫だからね。もぐもぐ……」
そんなことはないのだった。既に経験済みのフルーム。フラムがダメでもフルームは何も抵抗なく食べれるのであった……!
そんなフルームを見てアリスは考える。
(もしかして、食べた断面って言うほど気持ち悪くない……?いや、油断は禁物ね。フラムが食べれなくなったって言うほどだし……どうやって食べれば?……あ、そうだ!目を瞑って食べればいいのでは?)
アリスはいい考えが閃いたとばかりに意気揚々と大きなカキフライを口に運ぶ。そして、口に入れてから目を瞑りカキフライを噛みちぎる。そして味わう。
(これは……大きい方がより濃厚でまろやかね……。うん、とても美味しい!)
そのまま二口目も食べ、三口目で食べ終わる。……かに見えた……!!
ガリッ
「いはっ!!?」
「いてっ!!?」
アリスとエイシェルの歯に急に痛みが襲う。アリスは予想外の痛みに涙を浮かべ頬を抑える。エイシェルは痛みを感じた原因を自分ではないかと思い探すが特に何もなさそうだった。……そうなると必然的にアリス側に原因があることになる。
アリスが痛がった為、エイシェルはもちろん、フラムとフルームもアリスへと顔を向ける。アリスは周りを気にしている余裕がないのか口をモゴモゴさせた後、人差し指と親指を口の中へ入れ何かを取り出した。
「うぅ……なにこれぇ……石?」
アリスは取り出した何かを見た。するとそこには1.5cmほどの白く輝く玉があった。
「石って……。天然なものだから異物混入はある程度しかたな……ん?」
フラムがまじまじとその玉を見つめ、周りに聞こえないよう声を抑えて言った。……心の中では叫んでたに違いない。
「それって……真珠じゃないの!?え?大きくない!?」
「はぇ……?」
フラムが驚き、アリスは余裕のない状態でその言葉の意味を必死に考える。それもそのはず、真珠は通常別の貝から取れるものである。カキから真珠が取れるなど聞いたことがなかった。
実は内側がきらきらしている二枚貝であればごく稀に真珠を作り出すことがある。しかし、作り出すことができるだけであって、ある程度の大きさにまで真珠が育つものは極めて珍しい。例え真珠があったとしても小さくて気付かずに飲み込んでしまう場合が多いだろう。それが約1.5cmほどの大きさにまで育ったのだ。貴重でないはずがない。
一部の富裕層では真珠の装飾品が流行っているらしく、その装飾品は金貨数枚から数十枚で取引されている。つまり、質次第ではあるが大きい真珠というのはとても価値があるのだ。
ようやく状況を飲み込んだアリスは驚き、まじまじと真珠を見つめる。その真球かと思えるほどの丸さ、噛んだにも関わらず傷のない表面。さらには素晴らしい光沢。そしてその大きさ。どう考えても場違いなものがそこにはあった。
その見事な真珠にアリスは見惚れてしまう…………わけにはいかなかった……!正直もっと見ていたいと思ったがそれどころではないのだ!
(すごく綺麗だけど……今じゃないよ……!時間食っちゃった!まずは痛いのどうにかしなきゃ……ヒール!)
アリスが念じると歯の痛みが治まった。エイシェルも痛みがひいたのを感じ、アリスが回復させたのだと分かる。アリスは持っていた真珠をハンカチに挟んで鞄へとしまう。さて、食事を再開させるかと思ったところでフルームの声が聞こえた。
「これは……ちょっとキツいかも……?」
皿が上底の土台に乗っているものとばかり思っていたが、フルームがカキフライを平らげた先に蓋のようなものが現れた。その蓋をとってみると、そこには大盛りのカレーライスが隠れていたのだ。……これこそ最終兵器。散々揚げ物を食べさせておいて最後にコッテリとしたご飯物を仕込む。しかも、先に食べさせないように蓋をする陰湿さ。普通にカレーライスを注文した際に出てくるサイズのものがそこにはあった。もちろん、この店のサイズなのでとても大きい。
負けるわけにはいかないとフルームは持っていた武器をスプーンへと持ち替え立ち向かう相手をすくう。そして口へと運んだ。
「ん……美味しいけど……ちょっと辛い?でも、水を飲んだらお腹膨れるし……うーん」
どうやら激辛カレーを平らげたフルームでも辛く感じる程度の辛さであるらしい。……その様子を見たアリスは絶望していた。
(ウソでしょ!?激辛挑戦じゃないはずでしょ!?なんでこんなものが最後に残ってるのよ……!?)
散々言ってきたがアリスは辛いものが苦手である。以前食べた中辛カレーですら涙を流していた。フルームが辛いと言うものを果たして食べれるのか……?そんな事を思いながらアリスもカキフライが乗っていた蓋を開ける。そこにはフルームと同じカレーライスが鎮座していた。
(……やっぱり、わたしだけ違うメニューってことはないわよね……。うぅ……なんでこんな事に……)
アリスは諦めてカレーをすくい食べる。すると、そのまま二口、三口と食べていた。
(あれ?意外と辛くないのでは?これならぱぱぱっと食べれるわね!……あれ?……だんだんんん!?)
アリスは泣いていた。そう、このカレーは辛さが後から来るのだ。最初に調子に乗って食べ進めた結果、あとから辛さ、痛みが一気に襲ってくる。ちなみに既に食事を終えたエイシェルも無言で水のおかわりを繰り返している。それ程には辛いのだった。
「か、からぃ……」
(こんなのどうやって食べればいいのよ!?うぅ……辛いよぅ……。水が飲みたいよぅ……。口の中がヒリヒリ痛いよぅ……いた……い……!?)
その瞬間アリスは何かを閃き覚悟を決めた。簡単な事である。前にもあったではないか。同じ事を"繰り返せ"ばいい。アリスは涙を流しながらカレーを食べ進める。
(辛い!ヒール!……痛い!ヒール!……ま、まだまだある!?)
怒涛の追い上げで食べ進めるアリス。その様子をみて負けじとフルームも食べ進める。
「これで……おしまい!!」
残り時間が1分を切ろうかと言うところでフルームが完食することができた。アリスは後少しと言うところだ。しかし、その少しがくせものである。
(辛い……ヒール……ルミナドレイン……痛い……ヒール……ヒール……)
アリスの心がポッキリといきそうになっていた。後少しなのは分かってる。でも、回復できるからといっても辛いものは辛いのだ。苦手なものは苦手なのだ。痛いものは痛いのだ。
残り30秒。もうダメかと思ったその時エイシェルが声をかけてきた。
「あとすこしだ!頑張れ!おれは大丈夫だから!」
「!」
……そうだ。エイシェルもこの痛みに耐えてるんだ。ひとりだけじゃない。エイシェルもこの痛みを耐えてくれている。
それだけではない。フルームもこのカレーライスを食べ切ったのだ。この苦しみを知っているのだ。ひたすらに食べ続けていると孤独を感じるがエイシェルのおかげで気づいたのだ。同じ痛みを知る仲間がいる。この痛みを分かってくれる人がいる。そう考えるだけでアリスは気持ちが楽になり勇気がもらえた。
(ありがとうエイシェル……。わたし、まだ頑張れる!)
残り20秒。刻一刻とタイムリミットが迫る中、アリスはふと思い付いた。
(……もしかして、ヒールを常時かけ続ければ痛くないのでは?言葉で言わなくても魔法を使えるんだからずっと使い続けることも出来るんじゃ……!?)
アリスはそう考え、ぶっつけ本番で賭けに出た。もちろん一気に生命力を消耗しないように出来るだけ込める魔力を少なくして、蛇口からチョロチョロと水が出るイメージで魔法を使ってみた。そして、そのままカレーライスをすくって食べる!何度もすくって食べる!
(!これならいける!ちょっとだけ辛いけどさっきまでと比べると断然楽!)
残り10秒。そんななか皿にはまだ2口ほど残っている。口の中はまだ噛んでる途中である。
ーー間に合わない!そう感じとったアリスはおもむろにコップに手をかけ、口の中のものを一気に流し込む!そして残り5秒!アリスは華麗なスプーン捌きで残りの二口をささっと口に入れた!…………そして噛まずにコップの水で流し込んだ!!?
「んん!!……食べたっ!!」
「そこまでっ!!」
アリスが食べ終わった瞬間、挑戦終了を告げる合図があった。気になる判定は店員によるものらしいが……
「……お二方……お見事です。完食確認しました!」
「やった!!食べれたよアリス!!うぷっ……」
「間に合ったぁ……。最後は辛かったけど揚げ物はすごく美味しかったわ」
笑顔を浮かべるフルームとアリス。ふと気付けば店内が大盛り上がりである。挑戦しただけでも話題になるのに、なんと少女2人が時間内に完食したのだ。盛り上がらないはずがない。
店内が盛り上がる中、隅席に座る3人組の間で人知れず不穏な会話がなされていた。
「……おい。あそこの娘がそうじゃないのか?」
「あぁ、ブロンドヘアーで18歳の少女と……外見は報告と一致している。……しかし、その名前通りだな」
「カスースの連中が騒いでいたが果たして……」
「お手並み拝見じゃないですか?ま、こちらとしては大変助かるので……」
発端はカスースの町からの連絡。通信機が壊れたと聞いていた為もう来ることはないと思っていた場所からの急な連絡であり、内容も不思議なものだった。先代のギルドマスターであるアンディから贔屓にしているパーティがそちらに向かったからよろしく頼むといわれたのだ。最初はわけが分からなかったが話を聞くとなかなかに有望なパーティらしい。実際、黒紙を含めた依頼達成率100%なのだ。期待しないわけがない。さらに言われたこととして、ブロンドヘアーの少女はカスースの町で異常なくらいファンを増やしているらしい。……そのファンクラブに入らないかという相談と、ファンクラブ王都支部を作り情報交換をしないかと言われた時は眩暈がした。実際に見てみるとなかなか愉快なお嬢さんではないか。当然涙を流しながら食べ出し、泣きながらカレーにがっつく。最後には泣きながら笑い喜んでいるのだ。その屈託のない笑顔は多くの人を魅了する何かがあるに違いない。
「そうだな……。色々なつけおき依頼があるんだ。是非達成してほしいな"涙食姫"」
その名前がここポルトゥスにまで広がっている事をアリスが知るのはもう少し後の事だった。
この作品はフィクションです。実際には真牡蠣からは光沢のある真珠はできないようですね。アコヤガイなどの真珠層を作る二枚貝だと光沢のある真珠が作られるそうですよ?
次回、ちょっと観光。……真面目な話までもっていけるか……?




