102.決着
「本体が出たぞー!!」
フラムの近くにいた騎士団員が叫ぶ。
目の前にクラーケンの本体が現れたのだ。
触手はすべて切り落とされていたが、少し再生しているのか胴体を海面から出す事ができるくらいには回復したようだ。
ただ、現れたクラーケンに想定外のことが起きていた。
アリスが船の後ろで戦っていたはずのハクがまきついているではないか。
しかも、そのハクはどす黒い炎を纏いその身体を焼いている。
その状態のままハクがクラーケンを喰っているという謎の構図が生まれていた。
「あれは……どういうこと……?あの黒い炎は……アリスが?」
「……あのまま共倒れとなってはくれればいいんだが……」
フラムがぽつりと口に出すといつの間にかすぐ後ろにいたフェルスが声をかける。
クラーケンもハクも2人にとって脅威でしかない。その為このままハクがクラーケンを喰らいクラーケンを倒し、ハクは黒炎で燃やし尽くされないかと期待したのだ。
しかし、その期待は甘いと言わざるを得なかった。
ハクがクラーケンを喰っているがクラーケンもただ喰われているわけではない。
回復してきた触手でなんとかハクを引き剥がそうとしている。
加えてハクに喰われた部分も再生して回復しているようだった。
太古の魔物とはそれだけ古くから存在するだけの力がある。
例え身体を大きく損傷しても時間が経てば治るのだ。
その為、過去に何世代にも渡って討伐隊が編成されは倒し切ることができずに壊滅し、結局は討伐を諦める。ということを繰り返していたのだ。
「……このままだとあのイカの魔物復活しちゃうわね……蛇の方は分からないけど……」
「……いや、蛇の方も傷が治ってないか……?確かに燃え続けているが、最初に巻きついて出てきた時は頭から血が出ていたはずだ……それが、もう傷がなくなっているように見える……」
「つまり……」
「このままだと両方とも回復する……!」
フラムとフェルスにとって最悪の事態だった。
せっかく後一歩まで追い詰めたと思ったのに、回復されてはキリがない。
このままでは回復した魔物によって今度こそ船を沈められる。
回復途中である今、この状況をどうにかする必要があった。
すると後ろから声が聞こえてきた。
「おーおー、派手にやってんな……なるほど、クラーケンを食べて回復体質を手に入れようとしてるのか……あいつめちゃくちゃ賢くないか?」
「賢いのは当然でしょ?誰が指南したと思ってるのよ。……ただ、本気で消し去る気でやったのにこれは想定外。これだと燃え続けたまま生き続けちゃうわね」
「なにそれ……エグいんだけど……」
アリスとエイシェルが何やら話しながら近づいてくるのが見えた。
その様子は落ち着いており、その場にいる他のものとはひどく温度感が違っている。
フラムは少し違和感を覚えたが、それどころではないと気持ちを切り替えて、この現状をどう対処しようかと話を持ちかけた。
「アリス!エイシェル!あの魔物たち回復してるの!このままだと船を沈められちゃう!」
「え?……あ、あー俺のことか。そうだな。このままだとジリ貧だな。うん。」
「あなたねぇ……慣れなさいよ?」
勇者は一瞬呼ばれていたことに気づかなかった。それを魔王が小声で嗜める。
不思議そうな反応をするフラムをよそに魔王は話を続けた。
「このままだと確かに倒せないわね。こうなったら私でも倒し切るのは難しい」
「そんな……」
「でも、ひとつだけ方法があるわ。ね?エイシェル?」
「お、おぅ。でも、あれ使って良いのか?……たぶん俺たち引っ込んじゃうぞ?」
「仕方ないじゃない。いずれにせよここを乗り越えないと私もあなたも海の底よ?……私はもう出て来れないかもしれないから複雑な気分だけどね……」
「あー……そこは大丈夫じゃないか?気持ち次第ってやつよ」
「何よそれ……でも、次会った時に何も改善してなかったら世界滅ぼすから。その時は手伝ってよね」
「ん?っていうことは……」
「…………今回はこの娘達に免じて任せてみるわよ」
「ふたりとも……どうかしたの……?」
後半をボソボソと魔王にしか聞こえないトーンで勇者は話す。
それに合わせて魔王も勇者にしか聞こえないトーンで話をした。
2人が話していた方法とはかつてエイシェルが猿の魔物へと放った魔法である。それを巨大なクラーケンに合わせた規模で発動させようとしているのだ。
つまり、いくら使い方をよく知っている勇者といえど、消費する魔力。つまり、生命力はかなり消費する。
本来であれば決死の覚悟で放つ魔法だが、今の勇者には魔王との繋がりがある。
その為、生命力が完全になくなることはなく、気絶する程度で済むだろう。
そして、気絶したが最後。勇者と魔王は無理矢理に表に意識を憑依させているような状態なため、元の精神世界へと引き戻されるのは確実だった。
だが、それでもいいという魔王。
魔王は少し顔を赤らめながらボソッと今回はエイシェルとアリスに任せると言ったのだ。
魔王のツンデレ具合にニヤリとする勇者だったが、ずっとコソコソ話していた2人を不審に思ったフラムが声をかけたのだった。
「いや、すまん。この魔法使うと生命力ほとんどもっていかれるから、それでもいいか的な話をしてた。一発しか出来ないからタイミングが大事だ。合図はするから足止めは頼んだぞ?」
「え!?……例の魔法って事ね……?分かったわ。どうにか気を引いてみる!」
「まぁ、ハクが絡みついてくれてるおかげでそこまで苦労しないと思うから、頼むわね」
「分かったわ!……ん?はく?」
フラムはアリス(魔王)の言葉に疑問を持ったが、アリス(魔王)とエイシェル(勇者)が魔力操作に集中し始めた為自分のやることを優先することにし、クラーケンに出来るだけ近づくように船のヘリへと向かった。
「……なんであんたまで魔力込めてるんだ?」
「念のためよ。先に生命力回復用の魔力作っておけばいざ足りなくなった時に発動できるでしょ?足りなくなってから生命力を変換しなくて済む、というかそもそもそんな状況になったら詰むし……」
「まぁ、確かにな。それじゃああとは全力で撃っていいんだな?」
「必要以上に使うのは勘弁してほしいけどね。生命力とかあくまでこの身体依存だから前の身体と比べて貧弱なのよ」
「そこはしょうがないだろ。ちゃんとやるから信用してくれ。じゃあ行くぞ?スコーピオ!」
勇者は魔法を唱え封印を解く。勇者と魔王の生命力が一気に持っていかれるのを感じた。
「なっ!?ルミナドレイン!!……危ないじゃないの!?」
「この身体で魔法使うの初めてなんだから仕方ないだろ!?……でも助かった!フラム!!今……だ?!」
「逃げられる!?」
「させない!!」
勇者はエイシェルの身体で魔法を使ったことがなかった為、消費する生命力を見誤ったのだ。
勇者が過去に使っていた体の感覚で魔法を実行したがエイシェルの魔力変換効率は勇者のそれとは異なり、同じ威力の魔法を発動するために余計に生命力をひつようとしたのだ。
その為、念のためと準備していた魔王のおかげで助かったのだ。
勇者の魔法準備が整ったところで待機していたフラムへ合図を出したがフラムは既に動いていた。
勇者の巨大な魔力反応を感じ取り、クラーケンがハク諸共逃げ出そうとしていたのだ。
それを逃すまいとフラムは合図を待たずに動き出していたのだ。
「間に合えええええ!!」
フラムは思いっきり剣を持った手を後ろに引くと、そのまま一気に突き出した。
すると突き出した剣先から青白い光が瞬時に伸びてクラーケンを貫くことに成功したのだった。
クラーケンが怯んだその瞬間を突いて勇者が動き出す!
「これなら!……ルミナレクイエム!!」
勇者が魔法を発動させるとクラーケンを包み込む程巨大な闇が現れた。
最初はその闇から逃れようとクラーケンがもがき暴れ回っていたが、ハクにより締め上げられ上手く身動きが取れなかったのだ。
巨大だった闇が徐々に小さくなっていくと今度はハクがその闇から逃げ出そうと抵抗をし始めた。
しかし、ハクが闇から身体半分出た辺りで急に闇が収束し空間が抉り取られた。
闇の外に出ていた数本の触手や身体半分を失ったハクは身体を黒い炎で燃やしながらそのまま海の底へ沈むのだった。
「……レナトゥス」
魔王は生命力回復用に僅かに残していた魔力を使い魔法を発動させた。
それは誰にも聞こえないくらい小さな声で、しかし、しっかりとした意思で魔法を唱えたのだ。
勇者と魔王は、魔法を放ち終わると意識が遠のくのを感じた。
それと同時にエイシェルとアリスの身体が糸の切れた操り人形のように倒れ込む。
「あぁ……せっかく怒らせてまでして出てきたのに……」
「そんな事したんか、次はちゃんと交渉しろよ?」
「次なんてあると思う?」
「あるんじゃないか?……おっと、もう限界のようだな。……譲ってくれてありがとうな」
そう言って勇者の意識はエイシェルの中へ落ちていくのだった。
「……ずるいわね。分かった。また会いましょう。……文句言い足りないもの」
そう言いつつ魔王の意識もアリスの中へ落ちていく。その顔には自然と笑顔が浮かんでいたのだった。




