101.ここにいる
真っ白な世界が広がる。以前見た夢と似た世界。以前と決定的に違うのは辺りが温かく希望に溢れているかのような世界になっていたことだ。
(ここは……?)
『ちょっと厄介な事になったようだね』
エイシェルは状況を確認しようとしたが、すぐに声がかけられた。
エイシェルはその声に覚えがある。
旅に出る前に望みを託された相手だ。
(お前は誰なんだ?それに……ここはどこだ?)
『うーん、俺は俺なんだけどな……ん?俺?……あぁ精神引きずられちゃったのか。それはいいとして、ここは夢みたいなものだね。キミと俺の繋がりの中の世界……と言っても分からないか。……そうだね……俺とキミの関係は、アリスとその中にいる存在と同じかな?』
(なっ!?)
エイシェルの問いかけに謎かけのような回答をするその相手。
どうやら夢の中とのことだが、いまいちよく分からなかった。
しかし、次の言葉を聞くとエイシェルは居ても立っても居られなくなった。
(それはどういう事だ!?やっぱりアリスの中に何かいるのか?!)
『彼女の中にいるのも彼女なんだけど……今、中にいた方が表に出てきちゃってるみたいでね、完全に支配しようとしてるみたいだ』
(……それは、どういう……?)
『簡単に言うと身体を乗っ取られるような状態かな?俺がキミの身体を使って好き勝手するような感じ。……そして恐ろしい事を考えてるみたい。多分、彼女は……』
その相手はいままでのらりくらりとした雰囲気だったが、突如険しい顔に変わった。
なにやら思い詰めた様子も見られた。
ただ、エイシェルはアリスが身体を乗っ取られると聞き、不安が的中してしまった事に愕然としていた。
(やっぱり何かがアリスにとって変わろうとしていたのか……)
『おーい。俺の話聞いてる?』
(教えてくれ!どうすればアリスを助けられる!?)
『……まぁ、キミの気持ちも分かるけど……。はぁ、分かったよ。まず彼女を助けよう。彼女は今向こうの世界に閉じ込められてる。出口が分からない状況だね。それをキミが出口まで案内してあげればいい』
(出口って……おれも知らない場所をどう案内すれば……)
『あぁ、別に向こうに行く必要はないよ。そもそも行けないし。こっちで出来ることは呼びかける事。ほら、絆を繋ぐ呪文があっただろ?あれで呼び掛ければいい。……おっと、そろそろ時間みたいだね……その前にちょっとだけ身体借りるよ?』
(え?)
『ほら、キミは早く呼びかけるんだ』
その相手はそう言うとエイシェルはひとりだけ残された感覚に陥った。
どうやらエイシェルもアリス同様にこの世界に閉じ込められたようだった。
(騙された……?いや、そんな感じはしなかったし、ちょっと借りるって言っていた。だから……多分悪い事にはならない……か?)
エイシェルは自身の置かれた状況を分析し、アリスと同じように身体を乗っ取られたと思ったが、話していた限り悪い相手では無さそうだと感じ、きっとなにか事情があるのだと頭を切り替える事にした。
(それにしても……絆を繋ぐ呪文って……。呪文?前にアリスが言っていた気が……たしか、ノードゥス)
エイシェルがその言葉を口にした瞬間、目の前に道のようなものが現れた。
それは光り輝く道であったが道の繋がる先は真っ暗で何も見えない闇だった。
(あそこにアリスがいるのか……?あそこに行けば……!)
エイシェルは光の道を歩こうとした。
しかし、エイシェルの身体は動くことはなかった。
(あれ?身体が動かない……。行けないって言ってたのはこういうことか!?……ここまであいつが言った通りなら、呼べばいいんだろ?おーい!アリスー!ここだー!ここにいるぞ!)
エイシェルはひたすらにいるかも分からないアリスへ呼びかけるのだった。
真っ暗な世界。怒りや憎しみが支配する世界。期待し、希望を持ち、信頼した結果、裏切られた。
そんな絶望が渦巻く世界。そんな場所でひとり漂っている。
(わたし……嫉妬してたんだ……。わたしにないものをもつフルームが羨ましくて……。きっとさっきのはわたしの潜在意識……とは思いたくないけど……。あそこまでひどくはないにしても似た感情はあったんだろうな……)
アリスは物思いにふけり、ひどく後悔していた。
思えばフルームがエイシェルを横取りするなんておかしいのだ。今まで散々アリスとエイシェルをくっつけようとして来たし、フルームがエイシェルと一緒にいる時は加わるように促して来た。
本気で奪いに行くのであればそんな事はしないし言わないだろう。
そう思うとフルームを信じきれなかったアリスは自分が酷く醜い人間だと自己嫌悪してしまうのだった。
しかし、自己嫌悪していると間もなく後頭部に痛みを感じる。
(あいた!?…………ぃ……たぁ…………なんなの……?)
辺りを見回そうにも闇に包まれており真っ暗で何も見えない。
しかし、アリスには原因が何かピンと来た。
(…….エイシェル?もしかして!あいつがエイシェルを背後から襲って……?こうしちゃいられないわ!何とかしてここから出ないと!!……………でもどうやって……?)
アリスが途方に暮れていると、遠くから何やら声が聞こえて来た。
『……ぇる……?』
(え?なに?)
『きこえる……?』
(聞こえるけど……あなたは?)
『ごしゅじんかわった。せかいほろぼそうとしてる』
(はぇ?)
突然話しかけられ、突拍子もないことを聞かされて困惑するアリス。
それはそうだ。誰とも分からない声がいきなりよく分からないことを言ってくるのだ。
しかし、次の言葉でアリスは思い出す。
『やくそくした。ぜんりょくでとめるって。まおうさまとやくそく』
(!?)
アリスがここ数日繰り返し見ていた夢の内容だった。
いつも起きると忘れてしまう為、気になって二度寝をしてみたりと試していたのだ。
その結果起きる時間が日に日に遅くなっていたのは仕方のない事だった。
そして、自分の中にいるものが何かようやくはっきりしたのだった。
(ただの夢じゃなかった……?あれは、記憶?)
『おねがい、まおうさまとめて』
(え?さっきあなたが止めるって言わなかった?)
『ちからぶそく。たぶんあとすうふんのいのち』
(ちょっと!?一方的にお願いして勝手にきえないで!?せめてどうやって止めるか説明して!!)
ハクが一方的にアリスにお願いするが、アリスとしてはたまったもんじゃなかった。
ただでさえ何故こんな状態になっているのか分からない上、どうやって外に出るかも分からないのだ。
そんな中魔王を止めてくれと言われても無理なお願いだった。
しかも、アリスが聞き返すとハクの声は届かなくなってしまった。
(どうすればいいのよ……)
再び静寂に包まれるアリス。どうして良いのか分からず途方に暮れていた。
そんな時、目の前に光が現れる。
(え?突然なに……?道……のようだけど……?)
その光の道の先をよく見ようとするが眩しくて先が見えなかった。
しかし、道を見ていると声が聞こえて来た。今度はアリスがよく知る声だ。
(おーい!アリスー!ここだー!ここにいるぞ!)
(エイシェル!?ここよ!わたしはここにいるわ!!)
アリスはエイシェルの声に応えて歩き出す。
殻のような空間に閉じ込められていたが、エイシェルによって穴が開けられたようだった。
そうしてアリスは光の道を進み、次第に光に包まれるのだった。
ハクを業火で包んだ魔王は未だ海を見ていた。
すると背後から近づく音が聞こえてきた。
「あら、エイシェル。大丈夫だった?さっきは頭ぶつけてたみたいだけど……。そうだ!ヒールかけてあげよっか?きっとまだ痛いよね?」
「……あんた、そんな喋り方だったっけ?1000年前はもっと威厳があった気がするがな」
「…………もしかして勇者?あなたも出て来たの?…………仕方ないじゃない。気づいたら口調とか仕草とか向こうに引っ張られちゃったんだもの。あーあ、せっかくあの娘のためにエイシェルと仲良くしようと思ってたのに……あなたが出て来たら誘惑しても意味ないじゃない」
先程とは態度がガラッと変わり、魔王は興味を失ったかのようだった。
「まてまて、1000年ぶりの再会にしては冷たくないか!?……まぁ、計画が失敗したのは俺のせいなんだけど……」
「ほんとよ!……期待した私がバカだったわ!…………でも、あなたもさぞかし無念だったでしょうね。」
魔王が勇者のことを気にかける言葉を言うと勇者は意外だったのか驚き何も言えなくなってしまった。
それもそのはずである。信用してもらい、ジェミニの魔法を使ったのにそれが仇となったのだ。
実際、勇者は最期の瞬間に絶望しか感じられず、その後もずっと自分の世界に閉じこもっていたのだ。
……エイシェルが迷い込むまで。
しばらく沈黙が続くと魔王がポツリと話し始めた。
「……こうしてこの世界にまた来れるかは賭けだった。賭けに勝った今だから……ここにいる今だから、いっそ全てを終わらせてしまおうかと思ったの」
「……そのために人類を滅ぼそうって?」
「それが出来たら一番なんだけどね、多分出来ない。……気持ち的にはそうしたい。だって人類はこの星にとって害悪でしかないもの。出来るんなら1人残らず滅ぼしてやるわ。……でも出来ないからこの世界を終わらせてしまおうかなって。この星が……苦しんでるから……」
「…………どうしても?」
「どうしても……ね。この娘達に期待したい気持ちもあるけど……ごめん。もう私は人間を信用したくないの。あなたも裏切られたクチでしょ?仕返ししたくないの?どうせなら一緒にやらない?」
魔王は世界を滅ぼすか、もしくはこの星のために人類を滅ぼすと言っている。それは勇者が懸念していた内容そのものだった。
勇者が念押しで確認するも魔王の考えは変わらない。それどころか勇者を勧誘する始末だ。
1000年前を知る勇者からしたら自暴自棄もいいものだった。
流石の勇者もこればかりは見逃せない。
「俺は彼らならできると思ってる。だからもう一回だけ待ってみないか?」
「……そうやって、またあなたは騙されるのよ……」
「もし、そうなったら……その時は諦めるさ。一緒に人類でも世界でも滅ぼしてやる。だから、今回ばかりは彼らに任せてほしい。」
「…………」
勇者が魔王を説得すると魔王は黙り込んでしまった。
魔王とて本当は世界を、もっと言えば人類を滅ぼすなんてしたくはないのだ。
本気なら1000年前に世界を滅ぼしていたに違いない。
「……私は……」
「本体が出たぞー!!」
「おい!何かまきついてるぞ!?」
魔王が何かを言いかけたその時、辺りが騒がしくなる。どうやら魔物の本体が出たらしい。
触手をすべて切られて海へ沈んだかと思われたがしつこくこの船を狙っていたのだろうか。
「そういえばクラーケンいたんだっけか?」
「太古の魔物が1000年経ってもまだ蔓延ってるなんてね」
「あいつらにとっては1000年なんて誤差じゃないか?俺らの時となんら変わってないし」
「……そうね。まずはあっちを終わらせましょうか。話はその後で」
「りょーかい」
魔王と勇者はクラーケンの本体と戦うために船の中腹へ急ぐのだった。




