魔王の娘だけど、反抗期なので勇者めざします!
新作です。
魔大陸グレイセアに建つ魔王城の最奥。
光一つ射さない巨大な暗い部屋。
部屋の奥に石造りの段差と、その一番上に玉座があるだけの空間――《魔王の間》で二人の男女が向かい合っていた。
一人は玉座に座る男性。
猛々しい身体は漆黒の鎧を纏い、その上に黒色のマントを羽織っている。
鋭い眼、額から生える二本の角。
見る者全てを恐怖のどん底に叩き落す容貌は、まさしく魔王と称するに相応しい姿だった。
対するは一人の少女。
魔族には珍しい純白の髪を肩まで伸ばし、額から角が一本だけ伸びている。
華奢な身体つき、きめ細かい白色の肌に、人の意識を呑み込んでしまいそうなほど大きな青色の瞳。
可愛らしさと美しさの両方を兼ね備えたその姿に惹かれぬ者は世界全土どこにもいないだろう。
男性の正体は世界にある五大陸のうちの一つ、魔大陸グレイセアを支配する存在、魔王ミルドロス。
そして少女の正体は、その娘アルセイラだった。
両者の間には緊迫した空気が流れていた。
少女アルセイラは、怒りにも似た感情を込めた視線を魔王に送る。
今すぐにでも戦いが始まってしまいそうな状況だ。
魔王とその娘の戦闘――一般人なら考えるだけで身も震える状況の中で、アルセイラは叫ぶ。
「お父様、いい加減にして!」
アルセイラの心に溜まった不満を形にした叫びに、しかし魔王は軽く笑うのみ。
「いい加減にして、とは何だアルセイラ。我に何か文句でもあるのか?」
「ッ」
魔王の反応を見て、アルセイラは彼が真正面から取り合ってはくれないことを察する。
しかしそれでも、アルセイラは言わなければならない。
これは既に彼女だけの問題ではない。魔王城に住む全ての魔族、ひいては魔大陸グレイセア全土に住む魔族や魔物にも関係することだからだ。
アルセイラは威厳高い父を恐れず――いや初めから恐れてなどいないのだが、力強く彼の落ち度を非難すべく口を大きく開いた。
「いい加減、娘の観察日記を付けなければならないとかいう理由で、魔王としての職務を放棄するのは止めろぉぉおおお!」
魔王の娘アルセイラ、産まれてから今日までで一番大きな魂の叫びだった。
アルセイラの言葉通りだった。
魔王ミルドロスは十二年前に娘が出来てから職務のほとんどを部下達に投げ、自分は娘の成長を見る事だけに熱心になっていた。
おかげでかつては世界最強の大陸と謳われていたグレイセアだが、今では他の四大陸に後れを取る形となっている。
グレイセアは元々実力至上主義の大陸。
数々の迷宮、数々の城、数々の財宝を内包している大陸だ。
来るものを徹底的に拒み、去る者は追わない。内部だけで完結した世界。
だが現在では魔族の戦力低下の影響もあり、他の四大陸から冒険者たちが大陸内に足を踏み入れ、魔物を倒し迷宮を攻略する始末だった。
大陸全土からその文句の全てが魔王のもとに集められるのだが、彼は悪ぶれもせず今日もアルセイラの成長ぶりを眺めていた。
ふぅ、と。アルセイラの非難を耳にした魔王はゆっくりと息を吐く。
そしてまっすぐな眼差しをアルセイラに向け、言った。
「だが断る。我の娘、超可愛い」
「あああああああああああああああああああ」
アルセイラの中で何かが壊れた。
その様子を見て魔王も思うところがあったのか、懐からある一枚の写真を取り出すと、悲しい表情でそれを眺めながら呟く。
「仕方ないのだ、アルセイラ。わが妻、ルレーリイアの生き写しのような容姿をしたお前を見ると昔のことを思い出してしまい、何も手につかなくなるのだ。美しく気高いルレーリイア、彼女と過ごした日々は今でも鮮明に思い出せるほど素晴らしく」
「いやお母様生きてるから! さっき庭園で魔植物に魔力注ぎ過ぎて全部枯らしちゃって、庭師を絶望させてるの見たんだから!」
「あら、呼んだかしら~?」
噂をすればなんとやら。
玉座の向こうにある扉から一人の女性が姿を現す。
アルセイラに似た――正確に言うならアルセイラが似たというべきだろう。
純白の長髪をさらりと靡かせ、表情には一切の濁りのない笑みを浮かべている。
一目見ただけでは魔族であるとは思えない雰囲気を纏った美しい女性だった。
名をルレーリイア、魔王の妻である。
なお、現役ごりごりの魔族である。
噂では、魔王より強いのではないかという話もあるが定かではない。
その女性の登場に、魔王が大いに表情を緩ませる。
「おお、来たかルレーリイア! 今日も美しいぞ!」
「あら、ありがとう~」
二人は楽しそうに微笑み合いながら言葉を交わしていた。
結婚当初から二人の仲はずっとこんな感じであり、それに魔王城内の者達は頭を悩ませているといことはアルセイラも聞いていた
このまま自分一人で言うだけでは埒が明かない。
そう理解したアルセイラは、一番頼りになる人に助けを求めることにした。
「ルースさーん! 助けてー!」
「はっ、御呼びでしょうかお嬢様」
瞬間、アルセイラの隣に一人の男性が姿を現す。
少し長めの黒色の髪を綺麗に切り揃え、同じく黒色の鋭い二つの眼で優しくアルセイラを見つめる。
今は前髪によって見えないが、実は額には透明の水晶が埋め込まれている。スラレア族の特徴だ。
その男性は髪や目と同じ黒色の執事服に身を包み、華麗にアルセイラの隣に立っていた。
名をルース。
かつては魔王の側近であり、現在はアルセイラの世話係である。
幼少期より自分を育ててくれたルースにアルセイラは深い尊敬の念を抱いている(魔王比300倍)。
ちなみに現在の魔王の態度に最も困らされている魔族といっても過言ではないだろう。
「聞いてルース! やっぱり何度言ってもお父様には通じないの! 働こうとしないの! こんなの最近人間界で流行っているニートよニート! ごくつぶしよ!」
「おっとアルセイラちゃん? そんな言い方されたらパパ傷付いちゃうよ?」
「そうですか。お嬢様の頼みをもってしてもそこの粗大ご……魔王様は動きませんか。他に手段を考えるべきですね」
「おっとルースくん? 貴様いま自分の主を愚弄したぞ? 生意気な口をきく奴など、我がこの手で――」
「ルースに変な事したら、もう二度とお父様とは話さないから!」
「――褒めよう。今日この瞬間までアルセイラを立派に育ててくれてありがとう! 後でボーナスをやろう!」
「あらあら~、皆楽しそうね~」
既に混沌と化してきている状況。
アルセイラ達が魔王をどうにか働かせようとするも本人は全くやる気なし。
唯一、魔王を動かせそうなルレーリイアに関しても微笑みながらその様子を眺めるのみ。
だがルレーリイアに文句を言う者は誰もいない。
この魔王城の真の支配者は彼女かもしれない。
(どうしよう……)
そんな状況の中、アルセイラは考える。
どうすれば父に働いてもらうことができるだろうか。
いや、もうこの際、父に働いてもらうことは諦めよう。
重要なのは大陸全土を昔の様に活性化させることだ。
そうするためには父以外の誰かが働かなければならない。
魔王と同等の権力を持った存在……いや、そんな者はいない。
グレイセアにとって魔王は絶対君主なのだ。
そうなるともう、その魔王が取って代わるしか方法が――――
「――――!!」
瞬間、アルセイラの頭に電流が走る。
それは天才的な発想だった。
「そうよ、私がお父様を倒して新しい魔王になればいいのよ!」
「「「…………え?」」」
アルセイラの叫んだ解決策を聞き、他の三人が一様に声を揃えて疑問を呈した。
「お、お嬢様? それはつまり、お嬢様が魔王として即位するということでしょうか?」
「そのとおりよ! そして私が大陸を救うの!」
普段は冷静なルースが確かめるように問うが、答えは変わらないとアルセイラは力強く頷く。
その眼には強い意志が込められており、本気で言っていることが分かる。
「……我を倒すといったか、アルセイラ」
瞬間、重々しい声が玉座の間いっぱいに広がる。
これまでふざけていた魔王から発せられる真剣な声に、アルセイラとルースは真剣な表情を浮かべ魔王を見る(ルレーリイアはにこにこしている)。
さすがに本人の前で話すことではなかったか、アルセイラはそう思い身構える。
だが、その後魔王から放たれた言葉は全くの予想外なものだった。
「そうか、そうかアルセイラ! 我が娘よ! お前は父を超えようと、私を自分の目標として見てくれているのだな! こんなに親冥利に尽きることはない!」
「……へ?」
何を言ってるんだろうかこの粗大ご……父親は。
素直にアルセイラはそう思った。
自分を倒すといわれて喜ぶ変態が世界全てを探してどこにいるのだろうか、ここにいた。
そもそも自分が支配している大陸より娘を優先する変態だった!
アルセイラは世の中に絶望した。
「――って、そんなことで絶望してる場合じゃない! 私は本気なんだからね!」
必死な表情で父親に自分の強い意志を表明するアルセイラだが、魔王が動揺することはない。
「うむ、分かっている! いや、なに、いずれこんな日が来るであろうとは思っていたのだ! まさかまだ十二の歳に宣言するとまでは思っていなかったがな!」
「少し早めの反抗期かもしれないわね~」
「なっ、反抗期だと!? うーむ、もうそんな年になってしまったのか……娘の成長とは喜ばしい反面、悲しいものでもあるのだな」
「ええ、そうですね~貴方」
魔王とルレーリイアが楽しそうに談笑する中、そんなことに気にしてる余裕はないといわんばかりに、アルセイラは真剣な表情でうーんと頭を捻っていた。
魔王である父親を倒し、代わりに自分がその役職に君臨しようという決意は済んだ。
問題はその手段だ。
残念なことに、今のアルセイラでは父親の実力に敵わないということは理解している。
父親を倒すためには強くならなければならない。
強くなる……魔王を倒す……そのために最も適した存在は……。
思考を重ねるうちに、アルセイラは一つの可能性に至る。
「決めたわ! 私、勇者になる!」
「……勇者ですか?」
魔王とルレーリイアはともかく、真剣にアルセイラの言葉に耳を傾けていたルースが確かめるようにそう尋ねる。
アルセイラは力強く頷く。
「うん、そう! 人間界では魔王を倒そうと頑張っている人達のことをそう呼んでいるらしいの。私も魔王を倒すつもりだから、勇者にならなくちゃいけないのよ」
「し、しかし勇者とは私達の敵対組織の精鋭で……いえ、そもそも勇者とはそう簡単に名乗れるものではありません」
「……ん? なら、どうすれば名乗れるの?」
「様々な手段がございますが、一般的なのは人間界にある勇者育成機関を卒業することでしょうか。入学倍率数十倍以上、卒業率十パーセント以下の難関を乗り越えた者には勇者と名乗る資格が与えられます」
「そう、なら私もその育成機関とやらに行くわ!」
「っ、真ですかお嬢様!?」
「もちろんよ!」
目を大きく見開いて驚きを表すルースに、アルセイラは当然だと頷き返す。
「なっ、アルセイラよ! まさかお前は人間界の学校に通おうと言うのか?」
これまで余裕を保っていた魔王も、今度ばかりは心から驚いた様子でアルセイラにそう問う。
魔王の第一の目的は娘の観察日記をつけることだ。
自分を倒そうとすることは別に怒ることではない。
だが、この魔王城から離れられてはその目的が果たされなくなる。
そう言った事情のもとに投げた心からの質問だったのだが、アルセイラは真正面から一刀両断、
「うん、もう決めた! 私家出する!」
「…………」
ポカーンと、魔王としての威厳を失くした顔で呆然とする。
だがすぐにハッと意識を取り戻し魔王は声を荒げる。
「馬鹿を言え、考え直せアルセイラ! わざわざここを出ていくことはない! 修行なら私がつけよう! お前はここにいるべきなのだ!」
「いや! もう決めたもん! お父様を倒すために人間界に私は行くから!」
アルセイラが冗談でなく本気でそう言っていることを理解し、魔王は絶望にも似た表情を浮かべる。
長年記し続けてきた観察日記から分かるように、アルセイラが一度決めたことを簡単には覆さないということを魔王も十分に理解していた。
呆然とする魔王、諦めたかのような表情をするルース、なぜか終始にこにこ顔のルレーリイア。
そんな三人の前で、アルセイラは宣言した。
「もう決めたの! 私、魔王を倒すために勇者になるから!」
何気ない平穏の日々にたった一つの小さな変化が訪れる。
魔大陸グレイセアの魔王城にて発生したこの小さな出来事が、やがて世界を大きく激震させるということをなんとなく全員が察しているのだった。
というわけで、アルセイラちゃんが勇者を目指すまでのお話でした。
続きはありませんが、仮に書くとしたら勇者育成機関で勇者の娘と仲良くわちゃわちゃする系の話になる気がします。
その裏では勇者と魔王が仲良く酒を飲んでいるのではないでしょうか。