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終焉ともう一つの世界

胸糞展開になります。一部文章を追加しています


クレクルーザ師匠は女性に絆されやすく、美人局に引っ掛かりやすいということを除けば、非常に優秀な魔術師だということは、分かってはいたのだが本当に優秀だと、腕に着けたブレスレットを見て改めて感心していた。


「全く魔力を感じませんね~」


「あの老師は天才ですね」


シーセンサ王国のシリューデ=ワイア大佐とレオン=クリスヴィ少佐がそう言って千夏のブレスレットを見ている。


「これ、デザインは私がしたのよ!イケてるでしょ?」


イケてなくてもしっかり魔力を抑えてくれていたら問題ないじゃないかな?…とは嫁が怖くて言えないけど。そう言ってニヤニヤしながらレアンナ(千夏)はブレスレットを再び作り始めた。


このブレスレットは俺達、未来人?が装着している分は魔力遮断の他に誘導魔法も組み込んである。実質、俺達はこの時代のモエリアント王国に滞在して一年にも満たないのだが、昔からここに居てずっと働いている…と魔法で記憶を誘導するようにしているのだ。


「あれ?でもチナツとコウジのブレスレットはもう一つ別の魔法がかかってますね…しかも複雑な…」


千夏の横で同じくブレスレットを制作している魔術師のスエルトアさんが俺のブレスレットを見て首を傾げている。


「あ~それね、クレクルーザ師匠に生まれ変わっても巡り合えるっていうおまじないをかけてもらっているの!」


(まじな)い?!結構強力な呪術…あわわ、いいのですか…コウジ?」


何故俺に聞くんだよ?ここで良くないって答えたら、千夏から半殺しの目に合うんだぞ?恋愛のおまじないだって師匠も言っていたし、巡り合ってもまた夫婦になりたいねーとか言ってる千夏のメルヘンな気持ちを今は尊重させています。


さてモエリアント王国に来て一年にも満たない間に


江西 安奈こと、レニシアンナはこの時代で何をするのかと最初は身構えていたが、どうやらノクタリウス陛下に取り入って妾妃の座を手に入れたかっただけらしい。


人類滅亡とかモエリアント王国壊滅…とかとんでもないことをしでかすような、策略なんて無いようだ。ようはあのレニシアンナもアホなんだ。能天気で頭の中は物欲と性欲くらいしかなさそうなのだ。


俺達は江西 安奈を当面監視しつつ、この国の迫害政策の方を改善出来ないかと検討を重ねていた。


そしてクレクルーザ師匠が秘策を思いついたがこのブレスレットだった。


「魔力封じの腕輪を作ろうと思う。それを腕にはめていれば人体から発せられる表層魔力を封じることが出来る。」


「つまり…魔力無しを装うことが出来る…という訳ですね?」 


ワズバルア公国の魔術師のスエルトアさんが何度も頷きながら自身にも着けているブレスレットを見ている。するともう1人の術師のキエシトラさんが首を捻っている。


「しかしこれが迫害政策の秘策になるのですか?」


クレクルーザ師匠は、長い髭を触りながら俺を見た。


「コウジにここから過去へ戻り、せめてムトアーリデ公爵とフロブレン侯爵の子供達だけでも救えないか?と聞かれた時に気が付いたのだ。つまりは過去の彼らに接触してこの魔力無しを装える腕輪を装着するように指示する。そして子供が産まれたらその子供にも装着させる。術式は普段私達も使っている、魔力遮断の応用だ。この腕輪を出来るだけ大量に作って過去の彼らに渡しておけば、子供を取り上げられるのを防げる。私達で国の方針を転換させるような力はないが…小さな波紋を落とすことは出来る」


俺も師匠に頷き返してタイムリープの理論を説明した。


「実は、ここから過去に戻って先の世が変わる…のは分からないのです。つまりムトアーリデ公爵の子供が取り上げられない過去を作れたとして…本物のログリディアンが急にここに現れるという現象はおかしいでしょう?そうしたら今まで子供がいないと思っていたムトアーリデ公爵は急に現れた本物のログリディアンを何事もなく受け入れるのか?そうしたら俺達の存在をどう認識するのか?」


「なにやら難しいな…異世界の知識か?」


ワイア大佐は眉間に皺を寄せている。


「まあ…言葉にすると難解ですが、一度試してみる価値はあるのでは?と思っています。俺の推察が正しければ平行世界のムトアーリデ公爵家にはログリディアンが無事に誕生することが出来て…迫害の歴史が少しずつ変わっていく世界も増える訳ですから」


「よく分からないが、コウジの頭の中は知識と叡智が詰まっているな~」


「いえいえクリスヴィ少佐こういうのは『中二病』というもので、知識というよりは妄想の括りです」


「そうそう、晃ちゃんは激しい中二病だよね!」


俺は千夏をジロリと睨んだ。


「おっさんの中二病を舐めるなよ!」


千夏が怖いので遠くから吠えておいた。甘噛みはしません。厳しく怒られるので…。


一応世を忍ぶ仮の姿の『事務官』の仕事もしておこうかな…とリシュリアンテ妃の執務室に議決書の書類と草案の書類を千夏と一緒にお持ちした。


普段から千夏とも言っているのだが、ここでも俺のおっさん中二病が発動するけど、リナファーシェ妃は儚げで天使みたいだ。


「変な意味ではなくリナファーシェ妃は天使だよな!」


「普段は中二病ヤメロ!て言っちゃうけどリナファーシェ妃に関しては天使発言は許すよ!」


俺達夫婦の合言葉は『リナファーシェマジ天使』だ。


「あ、ログリディアン…いつもありがとう」


相変わらずマジ天使は儚げで綺麗だ。この付近に江西 安奈の魔力がないかを探る。あのババア、悪役令嬢ばりに俺達の天使に嫌がらせを仕掛けてくるんだよな。最近は大佐と少佐に護衛についていて貰っているんだけど、女子特有の人気の無い所での天使に向かってババアが嫌味攻撃をしているみたいだ。


リナファーシェ様は我慢強いらしく、嫌がらせされたとか泣きごとを言われないので俺達も気が付きにくい。千夏がすぐフォローしてくれているので直接的な嫌がらせは今の所なさそうだ。


そう直接的な嫌がらせがないことで俺達は完全に油断していたのだ。


いよいよ過去のムトアーリデ公爵に腕輪を渡しに行くことになった。念の為にムトアーリデ公爵とフロブレン侯爵に若い頃の自分達に宛てた手紙を書いてもらった。これでいきなり現れて腕輪を押し付ける、怪しい他国の魔術師でも幾分かは信用してくれるのではないか?と思いたい。


今日、事務官の控室で残りの魔力遮断のブレスレットを作っていたがやっと出来上がった。


「出来た~!」


「時間はかかりましたが数は作れましたね!」


千夏とキエシトラさんは大きく伸びをして声をあげている。この腕輪で全てのモエリアント王国の子供達が救えるとは思えないが、きっと上手くいく。


そして、政務事務官の執務室のソファで疲れて眠ってしまったワズバルア公国のスエルトアさんとキエシトラさんはそのままにして…俺と千夏そして師匠とシーセンサ王国のワイア大佐とクリスヴィ少佐の5人でここから更に過去に戻ってみることにした。


そして過去に戻り若い公爵子息達に会いに行った。


いきなり10代のムトアーリデ公爵になかば強引に会い行ってかなり驚かせてしまったが、訝しがる若い公爵にご本人からの手紙を渡し、実際に魔力遮断の腕輪をはめて貰って性能を確かめて貰ってから…更にフロブレン侯爵子息にも無事会えることが出来た。


若い子息2人はやっぱりイケメンだった…おじさんの公爵と侯爵もイケオジだったけどさ。イケメン怖えぇ…と凡人の俺は素直にそう感じた。


婚姻相手には必ずこれを渡して、妊娠初期からお腹の子供の魔力は隠すことが出来ないので妊娠前からの装着をお願いした。そして子供が産まれた後も子供自身に装着を徹底させるようにお願いした。腕につけない、つけられない場合は常に携帯するようにお願いもしておいた。


そうして、過去から戻って来た。俺達が戻る前と()()()()()政務事務官の執務室の様子に俺は確信を得た。


「やはり俺の説は正しかったかもな。これで過去の歴史が変り…ログリディアンとレアンナが産まれて無事に育つ平行世界がもう一つ生まれた…と思う」


「そうだね~この世界は前と変わってなさそうだものね。私の食べかけのお菓子も机の上にそのままだし…。ああしっかし眠いね~」


そう言って千夏は大きく伸びをした。クレクルーザ師匠は既にうつらうつらしている。俺も事務所の机に座ったら眠くなってきた。ワイア大佐ととクリスヴィ少佐は笑いながら


「私達はムトアーリデ公爵に成果をお伝えしてきます」


と言って転移魔法で消えた。報告は大佐達に任せておこうか…と俺も眠りに落ちて行った。


肩を激しく揺さぶられて目が覚めた。目を開けると最高事務官のミサインさんが真っ青な顔で俺の顔を覗き込んでいた。


「ログリディアン様…大変だ。リナファーシェ妃がレニシアンナを害そうとした罪で投獄されてしまった」


眠っていた意識が覚醒した。


「投獄…?…っ!」


俺はすぐに執務室を飛び出して地下牢のある北の離れに走った。そして地下牢の中で銀色の髪を血で真っ赤に染めているリナファーシェ妃を発見した。俺は地下牢の鍵を魔法で破壊すると牢内に飛び込んだ。


「リナファーシェ妃!」


リナファーシェ妃の体が冷たい?!急いで治療魔法を発動した。しかしリナファーシェ妃の体内の魔力が戻らない?!


「こっ晃ちゃん!」


「コウジ!」


千夏とキエシトラさんに背負われたクレクルーザ師匠が地下牢に飛び込んで来た。


「師匠?!体がっ冷たい…!」


「私が診る!」


師匠が牢内に飛び込んで来ると、リナファーシェ妃の体に治療魔法をかけた。


ああ………ダメだ。治療魔法が体内に沁み込んでいかない…。千夏がワナワナ震えながらリナファーシェ妃の体に縋り付いた。


「ダメッ!お願い頑張って…リナ…ダメよ!」


リナファーシェ妃が僅かに目を開いた。千夏はリナファーシェ妃の顔を擦った。


「…っ……ログ…レア…………。」


リナファーシェ妃の体から魔力の気配が消えた。千夏は絶叫した。キエシトラさんと遅れて来たスエルトアさんも号泣している。


「すまんかったな…私がもっと早う治療出来ていれば…すまんかったな。来世では本当に好きな人と幸せに…なぁ」


クレクルーザ師匠も泣きながらリナファーシェ妃の体を浄化洗浄魔法で綺麗にした。そして俺達にかけてくれている『おまじない』をリナファーシェ妃にもかけてあげていた。うん、来世では幸せになって欲しい……。


血を綺麗に拭くと本当に亡くなっているのか?というぐらい俺達の天使は生前の儚げで美しいままだった。


どうしてこうなったんだ…?地下牢の番人は連れて来られた時には妃は既に意識が無いようだった…と言っていた。俺達はすぐにノクタリウス陛下の元を訪れた。すると陛下は悪びれも無くこう言った。


「リナファーシェがレニシアンナに嫌がらせをしてレニシアンナの腹の我が子までも害したのだぞ!」


「よく調べられましたか?」


「何だと?」


「リナファーシェ妃は毎晩毎晩…政務のお仕事で夜遅くまで執務室におられました。勿論事務官である私達もそのお姿を目にしております。リナファーシェ妃はそこの女に嫌がらせなどをしている時間の余裕はありません」


不敬がなんだ…はらわたが煮えくり返る…これはそういう現象だと思った。悔しくて腹が立って仕方が無かった。


「お…お前達は…」


「陛下、よくお調べください!リナファーシェ妃は潔白です」


俺達はノクタリウス陛下の横で俺達を見ている江西 安奈を睨みつけてから謁見の間を出た。


「晃ちゃん…私許さないわよ」


「勿論だよ。俺だって手緩い対応はしない」


リナファーシェ妃のご遺体は俺達が引き取った。


罪人だからとソエビテイス家の親族はリナファーシェ妃のご遺体の受け取りを拒否されたからだ。あんな奴ら親じゃねぇよ。


俺達は日本式に棺桶を作り、リナファーシェ妃の亡骸を棺桶に移し、彼女の周りに季節の花々と大好きだと言っていたレアンナ特製のドーナツを側に置いてあげた。死して尚俺達の天使は美しかった。


ムトアーリデ公爵が自領の墓地にリナファーシェ妃を埋葬してくれることになった。絶対その方がいい。あの領地には紫陽花みたいな可愛い花が群生しているから、花に囲まれてリナファーシェ妃も喜んでくれるはずだ。


俺達は数日は泣き崩れていたが……そうも言ってられなかった。


とてもとても怒っていたのだ。過去の歴史に深く介入してはいけないと思うがもう、止められなかった。俺とレアンナはいつもリナファーシェ妃と共に処理していた政務関係の仕事を、ノクタリウス陛下の眼前に突きつけた。


「今日から陛下が処理して下さい。今までリナファーシェ妃が全てこなしてきていた政務です」


ノクタリウス陛下は執務室に山積みにされた決裁書類に顔色を失くしていた。


「この量を私一人でか?」


「はい、3日分です」


ノクタリウス陛下は最初戸惑い気味に書類に目を通していたが、処理しながら俺やミサイン事務官達にダメ出しを鬼のように受け続けると、夕方にとうとうブチ切れてきた。


「こっこんな量…私一人では無理だ!」


「リナファーシェ妃は泣きごとも言わず、必死で政務をこなしておられましたよ?」


千夏が夕日の差し込む国王の執務室で、仁王立ちになり椅子に座ったノクタリウス陛下を見下ろした。千夏は泣いていた。悔しいのだ、とてつもなく悔しいのだ。俺もそうだ。ノクタリウス陛下を千夏と一緒に睨む。


「もう分かったでしょう!政務に時間をかけていて、妾妃なぞに構っている時間などリナファーシェ妃は無かった!」


「…っ!」


ノクタリウス陛下の隣に吞気に座ってお茶を飲んでいる江西 安奈も睨みつけてやった。このババアのせいでもあるのだ。江西 安奈は俺に睨まれてノクタリウス陛下の背後に逃げ込んだ。


そしてノクタリウス陛下の肩越しにそれはそれは気持ち悪いニタニタ笑いをこちらに向けて見せてきた。


「あなたねぇ…!笑うなんてどんな神経して…」


「レアンナッ!」


俺が制すると、千夏はハッとして俺を見てからノクタリウス陛下に「失礼致しました」と腰を落として謝罪していた。


千夏は事務官の執務室に帰るなり、俺に食ってかかった。


「どうして止めるのよっ!あそこであの女を…」


「ここで江西 安奈を連れて帰っても、このモエリアント王国には無能な国王が残されるのみだ。せめてこの国が良い方向へ向かえるように道筋を立ててあげてからじゃないとダメだと思ったんだ。じゃないと俺達が逃げ出してこの国を見捨てたら、リナファーシェ妃だけが犬死みたいじゃないか…」


「犬死なんて言わないでっ!」


「ゴメン…」


その日の夜、ムトアーリデ公爵とフロブレン侯爵と俺達は今後どうするかを話し合った。


「陛下には私からお話しよう。今、私が唯一の肉親だからな」


議論の余地何てなかった。もうすでにムトアーリデ公爵は決意していた。俺達の中でムトアーリデ公爵はこの国の行く末の決定権を持っている本当の意味で王だと思った。


3日後


俺達は顔色を悪くして書類の山に囲まれているノクタリウス陛下の前に立っていた。ミサイン事務官までもが俺達と一緒に来ていた。


パラディリアン=ムトアーリデ公爵は静かに


「ノクタリウス陛下、何卒王位を…退位なさって下さい。あなたでは政務は無理です」


ノクタリウス陛下は益々顔色を悪くした。


「この国にあなたは必要ない」


俺は腹の底からノクタリウス陛下に叩きつけてやった。近衛や衛兵は俺達を取り押さえようとはしなかった。当然だろう、俺は一応ノクタリウス陛下の次に王位継承権を持っている者『ログリディアン』だ。


「ふ…ふざけんなっ!ノクタリウスは王様なの!あんた達っ何してんのよ?!こいつら捕まえちゃってよ!」


ノクタリウス陛下の側で同じく顔色を失くしていた江西 安奈が突然騒ぎ立てて、俺達を指差しながら近衛に怒鳴った。


「うるせぇぞ江西 安奈っ!お前こそ師匠の金を盗んだ、窃盗罪、殺人教唆や煽動罪の罪を償えっ!」


江西 安奈は驚愕の表情で怒鳴った俺を見ていた。どうだ?もう俺の正体に気が付いたか?


「…あんた、もしかしてぇ?!」


「よぉスナックのおばさん?」


「っひ!」


俺がそう言ってニヤリと笑ってやると江西 安奈は悲鳴をあげた。ワイア大佐とクリスヴィ少佐が一気に江西 安奈に近付いた。すると江西 安奈はノクタリウス陛下の背後に回ると


「助けてっノクタリウス?!」


と、今度はノクタリウス陛下の体を盾にして逃げようとした。


「あの女っ!また…!」


すると、江西 安奈は近衛の若い男に手を差し出した。えっ?と思っている間に、近衛の男が江西 安奈の手を取り走り出した。


どうなっているんだ?あまりの展開に出遅れてしまっていた所へ千夏の


「逃げた!」


という叫び声に呆けていた俺達は、慌てて江西 安奈の後を追った。何故だかノクタリウス陛下も近衛達と一緒に後を追いかけて来る。しかし俺達は廊下に出た後、戸惑っていた。


江西 安奈の魔力が途切れてしまって居場所が分からないうえに、連れ立って逃げている近衛は魔力無しだ。普段魔力と共にある俺達には追跡をする手立てがない。


「あっちじゃ!」


そうだ、師匠がいた!クリスヴィ少佐がクレクルーザ師匠を背負い、師匠の示す方向を皆で追いかけた。王城の裏手の森に出た。しかし相変わらず魔力が感じられない。


「魔力の無い者を捜すのがこれほど難儀だとは思わなかったな…」


ワイア大佐の呟きに皆頷いている。魔力を感じ取れないことがこれほど不便だとは思わなかったのだ。


ノクタリウス陛下達は、もう森に入って行ってしまっている。俺達も森の中を進んで行った。


ん?魔力の微かな動きを感じた!


俺よりもワイア大佐とクリスヴィ少佐が先に気が付いたようだ。すぐに駆け出した。


「あっちだ!」


繁みを掻き分けて移動していると


「見付けたぞ!ここだっ…フーカもいる!」


と声がした。俺達とほぼ同時に別の近衛がその声のした所に飛び込んでいた。


「大人し…へ、陛下?!」


「陛下?!どうされましたかっ?!ログリディアン様っ!こちらです!」


俺を呼ぶ声が聞こえたので草むらに飛び込んで、目にしたのは血溜まりの中に倒れたノクタリウス陛下の姿と、剣を持ち高笑いをする若い近衛と……茫然と立ち尽くす江西 安奈の姿だった。


「陛下がっ!早くしろっ!」


「いやああっ!」


俺の後ろで千夏の叫び声が上がって、クリスヴィ少佐が飛び込んで来てクレクルーザ師匠を背中から降ろしている。俺も我に返って慌ててノクタリウス陛下の側に近付いた。ああ…師匠の治療魔法が効かない。


「陛下っ陛下…あなたまでなの?しっかりして…」


千夏が血だらけのノクタリウス陛下に縋り付いた。


「ロ…グリディ…」


ノクタリウス陛下の俺を呼ぶ声が聞こえて慌てて陛下に顔を近付けた。


「す…まなかっ…た」


俺はカッと頭に血が昇った!


「あっ…あんたが謝るべき人はリナファーシェ妃だっ!永遠に謝り続けるべき人をあんたが殺したんだ!」


ノクタリウス陛下の目から涙が零れている。


「ノクタリウス=フゴル=モエリアントよ。あなたに永久に贖罪を償い、リナファーシェに許しを請うお覚悟がおありか?」


師匠の問いかけにノクタリウス陛下は僅かだが頷かれた。


「永遠の贖罪の連鎖を受けなければならない…が、あなたにリナファーシェに謝罪する機会を与えよう。そこでどのような選択が行われ、あなたは裁かれるかもしれない…全てを背負うお覚悟がおありか?」


ノクタリウス陛下は瞬きを繰り返した…もう首を動かす力は残っていないのだ。クレクルーザ師匠は術を発動した。


「陛下を運びますっ!」


「すぐに術医にお見せしますのでっ」


近衛達が自分達のマントを担架の形にしてノクタリウス陛下を運んでいく。陛下の体の上で師匠の術が淡く輝いている。あれは…。


「師匠…あれは恋愛のおまじないじゃないですか?ノクタリウス陛下は…」


「コウジ…あれはおまじないだが、恋愛という訳では無い。魔力と魔力でお互いの魂魄を引き寄せ巡り合わせる…言わば呪術だ。巡り合えても何も変わらないかもしれない。もし…ノクタリウスが心からの謝罪を望んでいるのなら、リナファーシェに巡りあいその言葉を、その想いを伝えて欲しい。私の勝手な願望だ」


「師匠…」


俺達の横で江西 安奈が近衛に捕まえられて、連れて行かれた。


「エニシアンナ…おかしいですね?体内の魔力がほとんど感じられませんが?」


「様子も変ですな…あんなに髪に白髪がありましたか?」


ワズバルア公国のスエルトアさんとキエシトラさんの術師がそう言ったので俺達も小突かれながら歩いている江西 安奈の後ろ姿をよく見る。


確かにどういうことだろう?魔力が空っぽみたいだ。それに本当に白髪が一気に増えていて、この一時間くらいの間に30才は年を取ったみたいに見える。


体力と魔力を削る…まさか?


「師匠…まさか、江西 安奈は2回以上時を巡る魔法を使ったのでしょうか?」


皆がハッとしてクレクルーザ師匠を見た。師匠は大きく溜め息をついた。


「そのようだな…だからあれはここぞと言う時に使えと伝えたのに…」


俺達も近衛達と城に戻った。


城に着く前にノクタリウス陛下はお亡くなりになられた。


その5日後ノクタリウス陛下の崩御の儀がしめやかに執り行われた。


「こんな形で王位を退いてもらいたくはなかった…」


葬儀の時にパラディリアン=ムトアーリデ公爵が目を赤らめてそう呟かれていた。俺達は王族に復帰されて王位に就かれた元ムトアーリデ公爵の国王即位の儀に参加した後に江西 安奈を連れて元の時代に戻った。


牢から連れ出した江西 安奈はもうヨボヨボのおばあちゃんだった。これがあの江西 安奈?と疑うばかりだった。


ハレンバレン王国とワズバルア公国とシーセンサ王国の三カ国で協議の結果、江西 安奈は斬首刑、しかも一般公開されるらしい。エグイな…。モエリアント王国はシーセンサ王国の属国となることが決まった。


どうやらモエリアント王国は、パラディリアン国王陛下がご崩御の後は、直属の血族がいない為に遠縁の者が国王に就いたのだが…政権が不安定で結局近年では軍部主導の形になってしまっていたらしい。


ムトアーリデ公爵も辛かっただろうな…。本当の息子のログリディアンが無事に育ってくれていたらどんなに良かっただろう。本当にクソだなモエリアント王国はっ!


あれから月日が流れたけれど…


ノクタリウスはリナファーシェに会えて贖罪出来ているのだろうか?ノクタリウスは完全なるダメ男だけど…何も地獄に落ちろ!とかボロボロになってしまえ!と極端なことを言うつもりは無い。


あの2人に巡り合ってまでいがみ合って欲しい訳じゃなくて、ただただ…2人が心穏やかに幸せになってくれていれば…と思っている。


あれ?そう言えばクレクルーザ師匠に肝心なことを聞いてなかったけど、巡り合うのは兎も角としてお互いに相手のことを覚えているのかな?



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