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12話 止める者ももういないが

 鬼の体を担いで奥に待っている闇へと足を進めていく。多分今なら目をつぶっていてもその空間にまでたどり着くことができるだろう。体がもうそこに行くことを求めているのだ。誰にも止めることなどできない。


 ――まあ止める者ももういないが。


 足を止めることもないまま、そのまま鬼が指定した奥の間へと入っていく。生暖かい闇が俺のことを歓迎する。


 中に入ってみると、そこは思ったよりも闇に囲まれた空間ではなかった。こじんまりとした石の間の中に、等間隔に灯された明かりがある。その明かりに照らされながら、その空間が薄暗く、しかし、ほんのりと橙色に染まっていた。外に明かりが漏れていないのが不思議なような感じだった。


 明かりに目が慣れてくると、まっさきに視界の中に入って来るものがあった。というよりも、むしろこれを照らすためにすべての明かりがあるのだと言ってもいいのだろう。


 入口から入った一番奥に、何者かの白骨体が寝かされていた。

 その骨は、人間の形をとり、乱雑のようでありながら丁寧に、その中で眠らされていた。パッと見てそれが誰なのかわかるものなどいないのだろう。しかし俺はその骨を見た時にそれが誰なのかをわかってしまった。


「お母さん……?」


 俺は震える声を何とか言葉に変換しながら口から吐き出した。骨はただ静かに眠っているだけで返事なんかをしてくれない。しかし、言わなくてもわかるだろう、と言わんばかりに力強くそこにいた。


 なぜ、この骨を見て自分の母親だなんて思ったのかは自分でもわからない。鬼が俺のことを息子だなんていったからなのかもしれない。しかし、誰が何と言おうとも、これは自分の母親だ。そして、今自分が手でつかんでいる者こそ、自分の父親なのだ。


 それまで疑問にしか思えなかった一つ一つの言葉たちが全て確信へと変わっていく。直感なんて曖昧な言葉で言っていいものなのかはわからない。でも、俺の目の前にいるのは確かに自分の母親なのだ。それだけはもう疑いのない事実として、俺の目の前に叩きつけられていた。


 俺は自然と涙を流してしまっていた。ここに最初に入って来た時と同じだ。どうしてあの時涙を流したのか、今ならわかる。きっと体の奥底で分かっていたのだ。この運命を。そしてこの悲劇がこれから起こってしまうのだということを……


 俺は骨の寝ている横に鬼を並べてやった。それが鬼の最後の願いだからだ。骨となってしまった母親と、首が切れてしまった父親。異様なほど不気味な光景であるはずなのに、俺はその光景が懐かしかった。今からでも声をかければ返事をしてくれそうなやさしい記憶。何物にもお変えられない、変えてはいけないものが俺の目の前に眠っていた。


 父と母、そしてその息子である俺。長い時を経て、ようやくまた家族が再開することができたのだ。本当なら素晴らしい光景なのだ。しかし、その中で生きているのはもう俺だけなのだ。俺に残っていたはずの家族はもう死んでしまっていないのだ。俺が殺したんだ、この手で……


 俺は鬼の子だった。だから「バケモノ」と呼ばれたかわいそうな人間の子。それと同時に鬼にもなることができず、鬼退治なんかに使命を燃やす裏切り者。鬼にも人にも慣れない憐れな末路がこの俺という訳だ。


 俺はもう涙を流すことしかできなかった。悲しいのか、悔しいのか、何なのかはもうわからない。もしかしたら嬉しいのかもしれない。自分の感情がわからない。ただとめどなく押し寄せてくる涙をこらえることもできずにいた。


 腰に差していた刀を手に取る。刀は鬼の血を吸いきり、もうすっかり満足な様子だった。俺はその刀をしっかりと握って刃を自分の方に向ける。


「使命はもう終わったんだ」


 自分に言い聞かせるようにつぶやく。家族がここで眠っているのなら、俺がここに一緒に居たっていいだろう。ゆっくりと刀を近づける。自然と手に震えなどはなかった。もう疲れているのだ、きっと。


「桃太郎さん!」


 刀が突き刺さろうとした寸前で、後ろから聞越えてくる声に呼び止められた。振り向けば、そこには戦いを終えたモモたちがこちらの方に向かってきていた。


 ――ああ、死ぬこともできないのか。

 俺は刀をゆっくりとさやに戻して、そのままモモたちが来る方へと歩き出す。


 この部屋は、あいつらに見せるわけにはいかないのだ。

 それが唯一俺に出来ることなのだろう……

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