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11話 勝手なものだ

 鬼の首は静かに宙を舞い、そしてすぐ近くへと落ちていった。鬼は死ぬときにもずうっと穏やかなままだった。俺に殺されるのならば本能だといった鬼の表情がよみがえって来る。茶化しやごまかしのことなど考えていない、曇りのない表情がそこにはあった。


 落ちていった先の鬼の首に目をやる。そこにもやはり、大きな恨みとか怒りは感じることはなかった。それはただ朝日のように温かく、こちらの方を見つめている。その目に残っている光は、生への未練なんかではない。どこまでも優しく心地よかった。


 鬼を殺してしまうと、あたりが急に静かになってしまった。もう近くで戦いの音も聞こえてこない。沈黙の脇を風が通り過ぎてくる音が聞こえてきそうだ。


 もう体の中をうごめきまわっていた蟲たちはどこかへと姿を消してしまった。殺気まっで暴れていたことがまるで嘘だったかのように、自らの存在を消し去ってしまった。「鬼を殺せ」と叫んでいたはずの声ももうしない。さっきまではどちらも俺の体の中に入り込み、しみこんですべてを飲み込もうとしていたはずなのに……。


「勝手なものだ」


 俺は独り言のようにつぶやく。結局奴らの正体が何だったのかはわからない。その正体はきっと女神が知っていることなのだろう。俺の力を与えると共に一緒に体の中に忍ばせたのだ。――鬼を殺させるために。


 俺はなぜだか急にむなしくなってしまった。目の目に広がっている光景にもう一度視線を合わせる。

何もない殺風景な空間。そこに広がる鬼の血、そして、下に目をやれば見える首のない鬼の死体と、首だけになった鬼の顔。全部俺がやったことだ。我ながらその残虐さにあきれてしまう。刀から滴り落ちてくる鬼の血をじっと見つめながら、戦いの記憶を何とか思い出そうと努める。


 どれだけ思い出そうとしても、記憶は途切れ途切れでしかやってこない体は確かに鬼と戦っていた感覚を持っているのに、頭がそれをおみ出すことはできない。あの蟲たちに脳みそまで支配されていたのだろうか。


 唯一覚えているのは、鬼とかわした言葉だけだった。

「わが息子」と彼は俺に向かって言った。その言葉は今でも俺の頭の中に残り続けている。俺はほんとうにこの恩威の子供なのだろうか? 自分が人間だと主張しても、鬼は変わらずに俺のことを息子だと信じていた。それは単なる信仰とか、そんなものではなかった。鬼の口調ははっきりとして、確かな確信として俺のことを息子だと言っていた。


 その言葉が俺の中に残り、混乱を招かせる。もう一度答えを聞きたいと思ってもその言葉を聞くことはできない。俺はただ、どうしようもない塊を胸に抱えながら鬼を見つめることしかできなかった。


 俺は鬼の体を起こしてやる。鬼の最後の願いを思い出したらだ。


「奥の部屋にいる雅と一緒にしてほしい」

 鬼は死ぬ前に俺にそう託していた。俺が本当にその願いを果たしてくれるのかなんてわからないのに。俺しかいなかったから託したのか、それとも本当に俺を信じて託したのだろうか。――今から自分のことを殺そうとした奴を?


 疑問は残るが、殺してしまったものへのせめてもの思いということで俺は鬼を持ち上げた。鬼の体はないはずの首をだらんと下げて、力なく持ち上げられた。さっきまで二足歩行で歩いていた巨大な化け物とは思えない姿だ。首がないだけで鬼の体はやけに軽く感じた。


 もう鬼に近づいても嫌悪とか、恨みとかそういうものを感じることはなかった。一時期は鬼のことを考えるだけで頭が何かに支配されていたのに、不思議なものだ。


 俺は鬼の体を持ち上げ、そのまま首も一緒に持ち歩く。奥の間はひどく静かで、その先が全く見えない。それでも、その暗闇を俺を誘っているように見えた。見えない何者かが俺のことを招いている。俺はそこにまで歩いていくしかなかった。


 鬼を引きずりながら奥の間へとゆっくりと向かう。

 俺の足音だけがただその場を支配していた。

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