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9話 俺の望みは

 鬼は大きな音と共に地面に倒れた。乾いた土の音が部屋の中に響く。倒れていく最中も鬼は何か表情を変えるようなことはなかった。ただ、倒れていく自分をありのまま受け入れるように、穏やかな表情をしていた。


 倒れた後もそれが変わることはない。本当にこの鬼は戦いを求めていたのだろうかと疑問に思ってしまうほど、この鬼からは怒りも恨みも感じることはなかった。それどころか、ふっと笑って見せる鬼の余裕がかえって気持ち悪かった。


 その腕にはまだ刀が刺さっているというのに。

 痛みは感じなのだろうか? 痛覚というものがもしかしたら完全に消えてしまっているのかもしれない。それと一緒に感情というものも……


 目の前に倒れている鬼を不気味に眺めながらも俺は鬼に食い込んでいた刀を手に取る。刀は生々しい音を立てながらその姿を再び現した。その刃はちに染まり、また輝きを取り戻していた。鬼の血を吸うために生まれてきたと言わんばかりの輝きようだ。薄暗い部屋の中で鈍いような赤色が輝く。


 俺の一つ一つの動作を鬼は食い入るように眺めていた。俺は鬼が何か動いてきた時にいつでも動けるように備えているものの、鬼にはその気配はない。ただじっと、俺の動きだけを眺めている。そしてまた、ふっと笑う。その一連の繰り返しが不気味だった。


「なにが面白いんだ?」と俺は言った。

「いや、ようやく願いが叶うのだと思うとおかしくてな」

「死ぬことが望みと……?愉快なやつだ」

「まあ、お前にはわからないだろうなあ」


 鬼はそれだけ言うと少し声を上げて笑う。鬼の声は低く、どういう訳か耳の中でずっと響き続けている。


「鬼を殺せ」

 落ち着いてくるとまた聞こえてくる。体が血を求めていてしょうがない。しかし、この声と、耳の中に残る鬼の声とが混ざりあい、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうになる。

 なぜ、この声を聴くだけでこんなにも揺さぶられなくてはいけないんだ。


「お前の望みとはいったい何だ?」


 俺は鬼にそう訊ねた。別に尋ねるつもりなどなかったのだが、こうでもして気を紛らわせないとどうにかなってしまいそうだった。結果として命を助けてやろうみたいな流れになってしまうのは嫌だ。こんな奴となれ合いなどをする必要などないのだ。こいつは、こいつは殺すべき“敵”なのだ。


 鬼は俺が話に乗ってきたことに少し驚いた表情を見せたが、そのまま間をおいて口を開く。


「俺の望みはすなわち、戦いの終わりなんだよ」


 鬼はすがすがしくそう言った。


「鬼の分際でよくそんなことが言えたもんだ」

「人間の目から見たら確かにそうだろうな。でもよ、鬼のもいろいろと大変なんだよ。こんな島にしか居場所がなくて、生きていくためには人間から奪うしか方法がねえんだ」

「言い訳だな」

「ああ言い訳だ。でも俺の一存で仲間を殺すわけにはいかねえからな。誰かにこの呪いを解いてもらうしかねえんだよ」


 鬼は倒れながら俺を見る。


「それがお前という訳だ。さっさと戦いを終わらせてくれ。俺の望みはもうかなった。これで戦いは終わる。それに……いちばん会いたかった奴にも会えたしな」

「会いたかった奴だと?」


 鬼はそういうと空いている手を俺の方に向けた。


「お前だよ。我が息子よ」

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