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8話 一瞬の甘え

 俺はすぐに踏み込んで、赤鬼の首を取りに飛び込んだ。鬼も言っていたように、この戦いは「一瞬」で片が付くのだ。長い時間叩くことなどない。皓鬼の首を討ち取り、モモたちと一緒に残りの鬼たちも退治する。もうこれ以上鬼の勝手が通らないようにしなければならないのだ。


 軽やかに飛びながらまっすぐに鬼の方へと飛んでいく。体の中が軽い。さっきまでうずいていた蟲たちも静かになった。おとなしくなったっという訳ではない。多分、俺の体と、意識と一体となったのだ。

 ――すべてはこの鬼を倒すため。体全体が総動員となって鬼の息の根を止めるために動き出す。


 速度を上げながら、鬼に近づき、そのまま鬼の首を狙った。しかし、いくら先に動いたとしても、正面からの突破は難しく、鬼には腕の勢いで対抗をされてしまう。鬼は特段表情を変えることはない。ただ予想し切っていたかのように攻撃を防いできた。


「他の仲間たちと同じだと思ってもらっちゃ困る」


 鬼は低い声でそういった。俺は一度鬼から間合いを取って体勢を取り直す。その後、何回か鬼に攻撃を仕掛けるものの、鬼から反撃をされることはな。鬼は攻撃をじっと受け流しながら、こちらの様子をうかがうのみである。


「一瞬で終わらせるんじゃなかったのか?」と俺は言った。


 もちろん、鬼を挑発させるためである。鬼の方から攻撃を仕掛けてきてくれれば、その分だけ隙も生まれる。


「そっちこそこんなにチマチマやっていていいのかい?」


 鬼はまだ余裕の表情を見せながら笑う。その中にはどこかたたきを楽しんでいるように見えた。でも、これまでの鬼たちの楽しみ方とは何かが違う。奴らのように力を過信した馬鹿たちの戦闘の酔い方ではない。こいつは戦いそのものを余興として楽しんでいるような、そんな余裕を持っていた。人間相手だからってなめているのだろう。その甘えが命取りになるのだ。


 俺もはもう一度鬼との戦いの姿勢を整える。刀についていた鬼の血はすっかり乾いて、新しい血に染まることを求めていた。あふれていた涙も気が付いたらおさまっていた。戦いの間は他のことはすべて忘れられる。鬼を殺すか活かすかなんて変な迷いもしなくて済む。この体勢を取っているあいだは、穏やかな気持ちになれるのだ。


 鬼に向かって飛び込む。今度は足だ。直前まで引き付けて、その足を切り込みに向かう。首に対して意識を向けていた鬼は足を攻めてきた俺の行動に気が付くのが一瞬遅れた。一瞬の甘えが命取りなのだ。

刀が鬼の足を切り込む。足から血が噴き出すが、足を切り落とすほどの傷を与えることはできなかった。鬼からかすかに唸り声が聞こえてきたが、叫ぶほどの声がその中に鳴り響くことはなかった。しかし、鬼は確かに小さく体勢を崩した。


 ――いまだ。


 俺はもう一度首を取りに飛び上がる。いつもと同じように。鬼はこうやって倒して来た。体がその戦い方を身にしみこませ、何も考えなくても的確に首を取るための位置を見定める。勢いをつけてそのまま飛び込んでいく。鬼はやはり反応してきた。しかし、足の痛みをこらえて、一瞬判断が遅れた。結果、その腕は俺の攻撃を完全に防ぐことはできず、腕で俺の攻撃を防ぐような形となってしまった。


 刀が鬼の腕に徐々に入り込んでいくが、途中で止まってしまう。刀は抜くこともこれ以上奥に入れ込むこともできず、ただただその場で行く先を失ってしまう。鬼は顔に痛みを表しながらも、なぜか笑っている。


 なるべく顔を合わせないようにして、刀に力を込めた。その力のままに鬼を押し倒し、俺は鬼の上にまたがった。気味の悪い展開だ。しかし、これでこの鬼が殺せるのならば、それで構わない。


 俺は刀をゆっくりと手もとに近寄せた。


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