6話 ……来たか
俺はただ何も考えずに目の前に現れた首たちを次々と切り倒していった。鬼の首はその太い見た目とは反対に、豆腐のように柔らかく、何の音もせずに切れていく。首の根から転げ落ち、地面に叩きつけられるその衝撃音で、ようやく鬼の首を切ったのだということを実感できるくらいだ。
俺が先頭を走り、鬼の屍の山を作り、モモたちがその後についてくる。鬼ヶ島の中は、途中にいくつかの分かれ道があるが、俺は迷わずに一つの道を走り続けていた。
「桃太郎さん、どこに向かっているのですか?」
後ろからモモが訊ねてきた。
「ある」と俺は簡潔に答える。
この鬼ヶ島に来てから、俺はひとつのにおいをずっと追っていた。生臭い深い匂いの中に紛れている強烈な匂いだ。いくつもの血にまみれ、他の鬼たちにはない力のにおいを放っていた。その匂いは鬼ヶ島の奥の方からずっと、俺を誘うように放たれ続けている。
――間違いない。これが鬼の大将なんだ。
俺の中で確信があった。この世界にはびこる鬼たちを束ねている、その長がこの奥にいる。きっとそいつは俺たちがここにきていることを知っているのだろう。それでもなお、この奥にいながら、ずっと俺がそこまでたどり着くのを待ち続けている。随分な余裕だ。
「桃太郎さん」と後ろから呼び止められる。またモモの声だ。「私たちは桃太郎さんが通っていない場所に鬼がいないか見てきますね」
「大丈夫なのか?」
「へっ俺たちは大丈夫ですよ」
「桃太郎さんの妖には戦えませんが、僕たちにも少しは戦えると思います!」
黄助たちに鬼を任せるのは少し不安も残ったが、それでも見逃した鬼たちが村に出てきてしまってはしょうがない。ここはやってもらうしかないだろう。
「わかった。任せる。気を付けて」
俺はちらっとモモたちの方を見てそういった。モモたちはうなずきながら分かれ道を曲がっていった。すぐに俺以外の戦いの音が聞こえてくる。悲鳴も聞こえてる。野太い声、たぶんモモたちの声ではないだろう。
俺はもう一度前を見つめて奥から放たれる匂いに集中する。だんだんと匂いは強くなっている。それだけ奴に近づいている証拠だ。奥に近づくにつれて、はびこってる鬼たちの数も多く鳴って来た。主人を守る守衛ということなのだろうか、それともただ単純に奥が好きでここにいるだけなのだろうか、どっちなのかはわからない。俺はただその鬼たちの首を切り落としていく。
周りに鬼たちがいるだけ、首を切り落とした後に悲鳴が聞こえてくることっも多くなった。鬼たちは怒りに震える顔をする者もいれば、恐怖に震えている者もいる。それぞれいろいろな顔をしているが、どれも鬼が襲った村の中で人々が思っていたことと同じことだ。自分がやったことの恐ろしさを知ればいいのだ。
「鬼を殺せ」
鬼の姿をみるたびに何度も頭の中で呪文のように唱えられる。呪文というよりはもう呪縛なのだろう。鬼を見たら殺すように体が整えられ、今や俺は完全な殺戮機械としてこの血みどろの戦場の中に立っていた。
奥の部屋に着くころには、鬼たちの声は聞こえなくなっていた。そこに響くのは俺の足音と、中を吹き抜けていく風の音だけだ。遠くからまだ戦いの音が聞こえてくる。モモたちに分かれ道を任せたのは正解だったようだ。
後ろに広がっているたくさんの屍を踏み越えながら、奥の部屋へと足を進める。漂っていた匂いはいよいよ最高潮になっていた。鼻の中にその匂いが残り続ける。その匂いは俺の感情に響き、暗い殺意を湧き上がらせる。
奥には赤鬼が何も言わずに壁を向いて座っていた。座っていてもなお俺の背を越えていた。巨大な鬼だ。その体に張りついた岩石のような筋肉と傷跡とが彼の歴戦の戦いを表していた。その雰囲気は明らかにいつもの鬼たちとは違っていた
「……来たか」
低い声と共に鬼が動き出す。俺は刀を構えた。頭の中ではまだ呪縛の声が鳴り響いている。
戦いは最終局面を迎えていた。




