5話 もう戦いが始まるぞ
船はようやく鬼ヶ島の前にまでたどり着いた。船をすぐ岸辺に停め、俺たちは鬼ヶ島に足を踏み入れる。それまでずっと船を曳いてきた青音は、強がってはいっるものの、疲れた顔をしていた。
「お疲れ様」と俺は青音をねぎらう。
「ありがとうございます。でも、早く中に入らないと。ゆっくりしていたら気が付かれてしまいます。」
青音の言うとおりだった。もう俺たちは敵の本拠地にまで足を踏み入れている。ここでゆっくりしていたら敵に見つかってしまう。なんとかしてその前までに入り口から足を踏み入れて戦いをしなければならない。
俺は目の前にある扉を見た。扉は鬼が通るために作られた、巨大で頑丈なものだ。人間がそう簡単に開けられるものではない。これ自体で攻めてくる人間の心を折ってきたのだろう。扉が開かないと悟った時には、もうすでに鬼に見つかってしまっている。何ともひどい罠である。
俺は乗り込む前に腰のついた刀に触れる。一緒に鬼を倒してきたこの刀も鬼の血を求めているような気がした。「鬼を殺せ」という声が刀からも聞こえてくるようである。
息を思い切り吸い込む。それと共に体の中をうごめきまわっていた蟲たちが体中にしみわたっていくのを感じる。再び視界が赤くなっていく。こればっかりはもう自分の意志ではもうどうしようもない。俺はこれから自分の使命のために鬼を退治するのだ。そこにはこれまでの迷いがあってはならない。
「鬼を殺せ」
聞こえてくる声だけを頼りに刀を振り続けるしかないのだ。
扉に手をやる。これを開けば中に鬼がいるのだろう。自然と頬が上がる。中を開いた瞬間に待ち伏せているかもしれない鬼とどうやって戦おうか、その考えをするだけで体の中が沸き上がるような気がした。
「準備はいいか? この扉を開けたらもう戦いが始まるぞ」
俺は後ろで構えているモモたちに声をかける。モモたちはうなずき、静かに態勢をとる。青音ももうすっかり鬼退治のための厳しい表情に変わっていた。みんな、それぞれの思いを持ちながら、鬼退治にやって来た。その思いは違くても。こうして鬼退治に向かえるのならばそれでいい。俺たちはただ、その使命のままに鬼を殺せばいい、それだけなのだ。
俺はもう何も考えることはできない
鬼を殺す。声に従ってはっきりと自分の中に答えを出してやった。その声はもう誰かの声ではない。自分の声そして、自分の意志としてはっきりとこの体の中にいるぞ。
「それじゃあ、気を付けて」
それだけ言うと、俺はお見切り力を入れて扉をこじ開けた。扉は重い音をしていたが、ゆっくりと確実に空いていく。そうやって鬼たちの大事な砦を一つ突破していく。
扉を開くと、中の洞窟が現れた。外の陽ざしも当たらない、薄暗く、陰気臭い暗闇だ。こんなところにいる鬼なんて頭がおかしいに違いない。中からは生臭い匂いが押し寄せてきた。
「うっ」というモモの唸り声が聞こえてくる。獣臭い、鬼のにおいだ。気持ち悪い匂いであったが、それを嗅いだことで、俺の中の何かが再びざわめき始める。
俺はひるまずにそのまま中へと駆け抜けていく。鼻を抑えていたモモたちもそれに続く。
すぐ近くに見張りの鬼がいた。
「人間だあ?」
俺を見つけると、鬼は汚い声でそういった。
俺は鬼が何か叫び出す前にその首を切り落とす。戦闘の体勢なんて取らせてたまるか。
血が噴き出し、鬼は何も言わないままその場に膝付いた。
「行くぞ」
鬼の首を切ると、黄助、青音、モモと一緒に走り出す。モモたちは鬼の死骸を横目に見ながら、次の鬼たちをめがけて走り出す。
これから始めるのは一方的な鬼退治だ。これまでずっと襲撃を繰り返して来た鬼たちが、今度は襲撃される番なのだ。
俺は使命を果たすためにここに来た。
刀を握りしめて、ひそかに笑った。




