4話 うごめく蟲
船に乗り込んで、俺たちはいよいよ鬼ヶ島に向けて出発をした。青音が先頭で縄を引きながら、この木の小舟を引っ張ってくれる。俺たちも気休め程度に船を動かす努力をしてみるが、結局は青音に任せてしまうのだ良いだろうという結論になった。
「僕は体力は案外あるので気にしないでください。桃太郎さんたちは鬼との決戦に向けて力を蓄えていてください!」
青音は意気揚々と叫んだ。鬼と戦っている時よりもなぜだか目を輝かせているような気がした。翼を大きく羽ばたかせて、船を前に引っ張ってくれている彼の姿は不思議とそんな態度と違和感を感じさせなかった。
「あいつは今のところ活躍らしいことをしていないから、きっとここぞとばかりに頑張っているんですよ」
黄助はからかいながら青音のことを指さしている。
「でも、村での戦いの時は青音は結構活躍していたぞ?」と俺は青音をフォローした。
「あの時はまあそうですけど、結局は俺に命を助けてもらってるんでねえ」
「まだそんなこと言って……」
モモは笑いながら話す黄助の姿をみてため息をついていた。モモの証言から。黄助の青音に対する思いはもう知っていたが、この態度を見てしまうと、ちょっとその心も揺らいでしまうような気がした。
陸から離れるにつれて波もだんだんと荒いものになってきた。それはい鬼ヶ島に近づくにつれて激しくなっているようにも思える。
「鬼ヶ島を守るための自然の防壁と言ったところか」
「この波でも何人かの人が命を落としているのかもしれませんね」
「多分な……」
荒波の中でも、青音は負けずに船を前に進め続けた。そのかいあって、目の前にみえるは鬼ヶ島はだんだんとその形を大きくし始めた。陸にいた時は豆粒のようにも見えたその島は、今ははっきりとその中に鬼たちがいることを示している。荒い岩肌が見える。その一つ一つが血に染まっているようにも見えた。
「鬼を殺せ」
来た。鬼ヶ島に近づくにつれて、またこの声も俺の中で叫び始めた。今度は今迄のものよりも大きい。俺の体の中で、絶対にそのことを忘れることがないように、俺の意識の中にしっかり焼き付くように何度も何度も声を上げ続けている。
声の主は、うごめく虫のように俺の体の中を駆けずり始める。体の中で鬼に対する衝動や、怒り、殺気、いろいろな感情が急に湧き上がり始める。その勢いがあまりにも急で、妙な吐き気をもよおす
これまでとは圧迫感がまるで違うこのままこの船に乗っていてもいいのだろうか。このまま体がおかしくなってしまうような不安を抱きながら、船の中でしゃがみ込む。
「大丈夫ですか?」とモモがすかさず訊ねた。
「ちょっと酔っちゃったみたい」
「うそ、桃太郎さん酔いに弱いんですか?! 致命傷じゃないですか」
「船なんて乗ったことなかったしわかんなかったんだよ」
「おい青音、もっと平行になるように前へ進め!」
黄助がここぞとばかりに青音に叫ぶ。
「十分気を付けてやってるよ! 文句を言うなら波に言ってよ」
青音も心配そうにこちらのことを見てきた。だが、ここで勢いを止めるわけにはいかない。
「青音、俺は大丈夫だから。どうせ鬼ヶ島についたらすぐ回復すると思う。だからこのままできるだけ早めに鬼ヶ島に上陸しちゃおう」
「分かりました!」
青音は翼を大きく広げて力をいっぱいに込めた。船の進む速度が速まる。
鬼ヶ島に到着すればすぐに回復はするだろう。というよりも、鬼たちを目の前にして、俺はすぐに鬼殺しのバケモノに変わるはずだ。これだけ体の中の蟲が準備をしているのだ。飲み込まれるのは時間の問題だろう。
それでも行くしかない。迷ってはいけないのだ。
船は青音の先導を頼りにまっすぐと進み続ける。鬼ヶ島はもう目の前だ。
体の中にうごめく存在を感じながら、かすむ視界の中でしっかりとその岩肌を見つめ続けた。




