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3話 待たれよ

「それにしても、よくこんな都合よく船が止められているものですよね」とモモが言った。

「確かに。でも、都合がいいというにはあまりに灯親切なところに置かれていたけどな」


 女神が俺たちのために船を用意してくれたというのならば、もっと話kり安いところに船を置いておいてくれるはずだ。わざわざあんな不安定な岩場に縄でくくりつけておくようなことはしない。


「縄でくくられていたということは、だれかが停めていたということなのかな……?」


 もやもやとした悩みを抱えながらも俺たちは船を確認し、出発の準備をした。船は長い間波に打たれてきたのかところどころに傷が出来、中にも埃のような汚れも付いていた。どうやらこの小舟は長い間使われていないらしい。


「まあ、誰のでもいいじゃないすか。俺たちにはこの船が必要なわけだし」

 黄助は気にする様子もなく船を船がしっかりと動けるかどうかを確認している。船の中には櫂は搭載されていないらしく、鬼ヶ島に行くためには青音に引っ張てもらわないといけないだろう。


「僕は大丈夫ですよ!」と青音は元気に言った。

 ほんとうに大丈夫なのか不安になったが、ここは正直彼のいうことを信じるしかない。それに、青音はなぜか状況が追い込まれると元気になっているような気がした。不思議なやつでやる。


「待たれよ」


 俺たちの準備が整ってきたとき、急に知らない者から声をかけられた。声をかけられたと言っても、興味本位で声をかけたとかそんな優しいものではなさそうだ。そこには明らかに俺たちを威圧しようとしている雰囲気があった。


 声のする方向を振り返る。そこには髭を生やした老人が立っていた。こちらをにらみつけてくる彼は、体格は小さいものの、圧を感じた。


「その船をいったいどうしたのだ?」

「そこの岩場に停められていると聞いたので、使わさせてもらっています」

「何のために使う? まさか“鬼退治”なんて言わないよな」


「そのまさかですよ」

 俺が言葉を選ぼうと思っていたのだが、黄助が身を乗り出して言った。老人の顔がこわばる。黄助はまだ場の空気が凍ったことには気づいていないようだ。


「俺たちはこれから鬼退治に向かいます。そのためにこの船を使わさせてもらいます」

 こうなってしまってはしょうがない。俺も正直に老人に話すことにした。老人は変わらず厳しい表情のまま俺の話を聞く。老人がしゃべらないことであたりに沈黙が生まれる。打ち寄せてくる波の音だけがうるさく鳴っていた。やがて老人は眼を見開きしゃべり始める。


「この船はこれまで多くの者たちをあの鬼ヶ島まで運んで行った。皆すべて鬼退治に向かうために出発した者たちだ。しかし、多くの人を鬼ヶ島まで運んでもここまで無事に帰ってきた人は誰もいない」


 老人は見開いた眼で俺の方を見つめる。

「それでも行くというのか?」


「行きます」

 俺はすぐにうなずいた。別に適当に返事をしたわけではない。もう、それ以外に答える選択肢がなかっただけだ。ここまで来て意思なんて変わるわけがない。だから俺はできるだけ強くうなずくことにした。


「そうか……」

 老人は俺が表情を変えないのを見て目を閉じた。


「ならば行け。あの岩場から船を出せたのなら、それだけ意思も強いということだろう。実を言えば、船をあの岩場に停めたのは私だ。もうこれ以上悲劇を繰り返したくなかったからな。だが、船を捨てなかったというのは、心のどこかで期待していたのかもしれない――お主らのような存在が来てくれることをな」


 俺は言葉がうまく見つからなかった。だからもう一回老人にうなずいておいた。モモたちも同じように老人に返す。


 老人が行ってしまった後で、船はさっきまでとは違う表情を帯びていた。この船には多くの人達の思いと無念とが詰まっている。


「ここで終わらせないといけないな」 

 独り言のようにつぶやく。でも、モモたちもおなじように思っているのか、一緒にうなずいていた。


 船に乗り込み、鬼ヶ島へと出発する

 終わりの時が刻まれていく。

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