1話 知ってますか?
村を出発した俺達は、鬼ヶ島に向かって再び足を進めた。
鬼と戦ったあとに、しっかりと村で休んできた俺たちはもうすっかり元気を取り戻していた。
「鬼なんて早く蹴散らしちまおうぜ!」
「黄助、そんなこと油断は禁物だぞ」
「うるせい、青音自分一人だけ戦ったからって余裕ぶりやがって。お前は俺がいなきゃ今頃どうなっていたかわかんないんだぞ?」
「ま、まあそれはそうだけど……」
あいかわらず陽気な黄助や青音達のやり取りが聞こえてくる。黄助はかなりやる気満々のようだ。彼には村の人達との約束もある。鬼を倒した後の平和な世界で彼らと楽しい時間を過ごさなければならないのだ。そりゃあやる気だって上がるわけだ。
「あいかわらず愉快なものだな」
「ですね~」
モモは以前よりも黄助に対する態度が少し丸くなっていた。相変わらず呆れた目を彼に向けることはあったが、前のように白けた態度をとって見せたり、敵意を見せるようなことがなくなった。
「まあ、仲間ですからね。いがみ合っても仕方ないじゃないですか」
俺がモモに理由を聞いても、モモはそういって理由をはぐらかすだけだった。俺としては深く理由を追求するつもりもないし、仲良くやってくれるならそれは嬉しいことだからそのままにしておくことにした。
鬼ヶ島は村から丸一日歩いた先にある、浜辺から船で行った先にある。船で正面から乗り込んでいく以外に入り込める方法がないため鬼からの待ち伏せもされてしまうらしい。そのせいで何人もの鬼退治の志願者たちが亡骸にされてきた。村の人々はそう言っていた。
「桃太郎さんたちもどうかご無事で……」
村を出ていく時、人々は皆不安そうな顔をしていた。これから戦いに行く者たちに対する希望の表情とはとてもいいがたかった。
それだけ多くの人々を見送って来たのだろう。旅立っていったときには元気に鬼退治に向かった者たち。村人たちが次にその姿をみるときには彼らはすでに生きた姿にはなっていない。そんな悲しい現実をいくつも見てきたのだ、きっと。
その日の晩には俺たちは浜辺までたどり着くことができた。そこにまでたどり着く道はほんとうにただの一本道だった。俺たちの足ならすぐに浜辺までたどり着けるだろうなんて思っていたが、案外遅くなってしまっていた。
「今日はここで休もうか」と俺は言った。
そのまま夜のうちに鬼ヶ島に乗り込んでもよかったのだが、みんなも一日歩き回って疲れていた。しっかり準備していった方がいいだろう。それに、戦いが始まれば何が起こるかはわからない。これが最後の集まりになってしまうかもしれないのだ。そんなに急ぐ必要はない。
モモたちも別に反対することはなく、今日はこの浜辺で休むことにした。あれだけやる気を口にしていた黄助も「早く行こう」などと急かすこともなく、真っ先に腰を下ろしていた。あぐらをかいてそのままあくびをしている彼の姿はなんだかかわいらしく思えてしまった。
薪に火をつけてその場で暖を取る。冬本番ではないが、夜の潮風は体に沁みたので、みんなで日に温まりながら体を寄せ合った。
「この火も鬼ヶ島からは見えているんですかね?」とモモが言った。
「たしかに」
「へっ、見えてたって関係ねえよ。鬼さんたちは今のうちからこの桃太郎さんの襲撃におびえていればいいんだ」
「黄助、またそんなこと言って……」
俺は笑いながら黄助の頭を撫でてやった。黄助は照れたように頬をポリポリと掻いた。
「そうだ、青音、ちょっと立て」と黄助は突然立ち上がっていった。
「な、なんで」
「いいから立てって」
そう言って黄助は無理やり青音を引っ張り上げ、そのまま火から少し離れたところにまで行った。
「黄助、いったい何をするっていうんだよ」
「お前がまた鬼に襲われたときに救出する練習だ」
「はあ?!」
「お前は抜けているところがあるからな、俺が助けてやらないとしょうがないだろ?」
「余計なお世話だよ」
「うるせい! いいから俺に突撃させろ!」
「それが本音だな?」
黄助はそのまま青音に向かって突撃をした。救出というよりか、単に青音にタックルしたかっただけのように見える。青音の悲鳴と黄助の高笑いが浜辺に鳴り響く。俺とモモはそれを眺めていた。モモはやっぱり呆れた視線を送っていたが、それでもその表情にはどこか笑みがあった。
「桃太郎さん、知ってます?」とモモは訊ねてきた。
「何が?」
「村で鬼と戦っていた時、黄助はずっと消火をしながら青音のことに目をやっていたんですよ」
「そうなの?」
モモは笑いながらうなずく。
「青音が鬼のピンチになった時も黄助は実際は結構離れたところにいたんです。だから、一緒にいた私は青音のピンチには申し訳ないけど気づけなかった。だけど、黄助はすごい速さで青音のもとにまで駆けつけていたんですよ」
知らなかった。黄助は近くにいたから助けてやった、みたいになんとも面倒くさそうに話していたが、実際は何を思っていたのだろう。
「きっと、よっぽど青音のことが大切なんでしょうね」
モモはそういって黄助と青音のやり取りを眺めていた。そこには少し前まであったぎこちなさはもうない。ただ、仲間を見つめる優しい視線がそこにはあった。
俺はモモの頭を優しくなでてやった。モモがこちらを向く。俺が笑いかけるとモモも笑った。
「鬼を殺す」というなんとも悲しい使命のために集められた俺たちだったが、こうやって見るといい仲間になれたんだと思う。みな同じ種族の生き物ではないかもしれないが、そんなことは関係ない。その間にあるものが一緒に共有できているのならば、いくらでも一つになれるのだ。
――鬼ともそうなれば楽なのに。
俺は頭の中に浮かんできた考えをすぐにかき消した。すぐに海の上に浮かぶ鬼ヶ島に目をやる。ここまで来て自分に迷いを持ってはいけないのだ。
夜はゆっくりと更けていく。俺たちのにぎやかさを眺めながらも、じわじわと鬼退治に向かう時間を縮めているのだ。




