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24話 “弥次郎”とお呼びください

 宿屋の主人は傷だらけとなって、まだ一人では歩ける状態ではなかった。彼は弥助に肩を持ってもらい、足を引きずらせながら、俺のもとにまで来たようだ。一緒に来た弥助が俺の方に微笑みながら、礼をする。


「ご主人さん、もう動いても大丈夫なんですか?」

「“弥次郎”とお呼びください。私の名です。まだ、痛みも残りますし、一人では歩けませんが、何とか少しくらいなら動けるようになりました」

「鬼に握りつぶされそうになったのですものね。でも身の血が助かってよかったです」


 弥次郎は少し極まりが悪そうだった。まだけがの痛みが引きずっているのかもしれない。弥助がそれを察して座らせよとするが、弥次郎はそれを手で制した。


「私が……村のみんなが命を助けられたのは桃太郎さんたちのおかげだ。あなたたちが来なかったらこの村はどうなっていたことか……」

「いえいえ、俺たちはそれが使命ですから。それに謝らないといけないのは俺たちの方なのでは? 俺たちの存在が鬼を凶暴にさせてしまったのでしょうし」

「いや、鬼たちはあなたたちの存在は関係ないと言っておりました。村を襲うのは鬼をなめている人間たちへの見せしめだ、と」

「そんな!」

「だから、もしあなたたちが来て下さらなければ、この村は絶望的な結末を迎えたはずです。村は全焼し、人々も皆殺し。挙句の果てに奴らはうちのかりんを食い殺そうとしていた! 鬼が人の味を覚えてしまったらこの先どれだけの不幸が待っていることか」


 弥次郎はあまりに勢いよくしゃべってしまったらしく、そこで傷がうずいてしまった。弥助が何とか弥次郎を地面に座らせる。弥次郎に聞老いさせないために俺も一緒に座ることにした。弥次郎は呼吸を整えてまた言葉を続ける。


「あの時、鬼がこの村に火をつけたあの時、私はほんとうに後悔をしました。『なぜあの時桃太郎さんたちを追い出してしまったのか』と。その後悔は今でも続いています。あの時あなたたちを追い出していなければ、もっと被害は少なく抑えられたかもしれないのに……」

「あんまり自分を責めないで下さい。あそこで私たちを追い出すのは別に間違ってないですよ。俺が弥次郎さんの立場でもそうしますって」


 俺の慰めがどれだけ弥次郎の耳に入るのかはわからない。おそらく、俺がどれだけ納得のできるような言葉を彼に投げかけたとしても、彼は納得することはできないだろう。それだけ、彼の中に今回の襲撃の記憶ははっきりとその脳裏に焼き付けられてしまっているはずだ。かつてモモの中に植え付けられた恐怖の呪縛のように、彼の中にも何かが植え付けられてしまっているのだろう。


 俺はこの話題から少しでも明るい方向に持っていけるように話を探した。


「それで言うなら、今回一番いい働きをしてくれたのは弥助ですよ。彼が俺たちのところに来てくれなかったらこの村の異変に気付くのも遅れていたでしょうし」


 俺は弥助の方を見て微笑む。弥助は急にそんな誉め言葉が出てくるとは思っていなかったらしく照れくさそうに頬を掻いていた。その姿が面白かったので、もう少し弥助を褒めちぎることにした。


「弥助は村に炎が立ってると分かってから勇気を持って飛び込んでくれましたから。炎の中にもひるむことなく突っ込みましたし、本当に勇気がありますよ」

「も、桃太郎さん、もうそれくらいでいいから!」


 弥助は慌てたように俺の言葉を遮った。顔はすっかり赤くなっていた。この村で頑張った勇者の顔はすっかり幼い少年のものになっていた。っ弥次郎もその手で弥助のことを撫でてやり、場の空気が少しずつ和んでいく。


「とにかく、桃太郎さん今回はほんとうに感謝してもしきれません。そして、数々のご無礼をどうかお許しください」


 弥次郎は座ったまま深く頭を下げた。弥助も一緒に礼をする。あまりこういうことに慣れていない俺は、どうすればいいのかよくわからなかった。


「本当に大丈夫ですよ。もう気にしていませんから」


 何とか頑張ってありきたりな言葉だけは絞り出せた。勇者ならもっとかっこいい言葉でも吐けたのだろうか? まあこれはこれで俺らしいからいいだろう。弥次郎はそれだけ言うと、少し顔も楽な表情をするようになってくれた。


「それで、桃太郎さんたちはこれからどうするんですか?」と弥助が訊ねてきた。

「とりあえず、村の様子が落ち着くまではここにいるよ。俺たちも少し落ち着きたいし。いつ鬼が復讐に来るかわからないしね」

「その後は……やはり鬼ヶ島にいかれるんですね」

「まあね」


 この戦いが終わったあとで、俺の中で一つ確かな確信があった。「これ以上鬼に好き勝手やらせてはいけない」ということだ。そのためには、鬼を全て倒さないといけない。一人でも生き残れば人々が傷ついてしまう。それが現実味のあるものになって来るだけ、俺の中で「その戦いを本当にするのか?」という気持ちも出てきてしまっていたのだ。


 ――でもやるしかないのだ。それだけはもう仕方のないことだった。俺はもう一度自分の気持ちを問いかける。しかし答えなど返ってこない。


 そんな俺を横目に見ながら時間は無情にも村の復興を進めていくのであった。

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