22話 お疲れでしょうか?
鬼の首は大きな音もたてずに地面に落ちて行った。鬼は声も出すこともできないまま、その息の根を立たれることになった。最後の捨て台詞も何も赦してやるものか。どこまでも憐れな末路しか、奴の前には提示してやらなかった。それが奴が背負うべき運命なのだ。
「……」
鬼の首を切った後、俺の中の感情は不思議なほど穏やかだった。モモのために戦った時のような大きな感情の波も襲ってこない。
「今、目の前で鬼が息絶えた。俺が殺したんだ。……満足か?」
目の前で自分がした行為を静かに分析している自分がいた。もう少し、感情を高ぶらせることができればいいのだけれど。怒りに身を任せて、鬼をめった刺しにでもすればこの場にはよくあっているのだろうけど。どうしてもそんな気持ちになることはできなかった。
鬼を倒すまであんなに高ぶっていた気持ちはどこに消えてしまったのだろう? 頭がぼうっとしてしまう。鬼といきなり戦ったから、その疲れが出ているのかもしれない。きっとそうだ……
「桃太郎さん!」
後ろから呼ばれる声に振り返る。鬼に視点を合わせすぎていたせいか、周りの景色が少しかすんで見える。
「桃太郎さん……?」
その声が耳元で聞こえてくるまで、俺の意識はあ目の前の景色を見ていたようで、どこか遠くの世界に行ってしまっていた。ずれてしまっていた感覚を取り戻そうとするように、俺はその声にある地に返事をする。
「どうしたんだ、青音?」
「どうしたんだ、じゃないですよ! 戦いは終わりましたよ。桃太郎さんのおかげで!」
青音は翼をばたつかせながら、必死に俺に何かを伝えようとしていた。俺の頭は、青音の言葉を理解しているはずなのに、その言葉の意味をうまくかみ砕くことができなかった。
「ああ、そうだったね」
「大丈夫ですか? 鬼を倒した途端に急にぼーっとし出しちゃいましたが。やっぱりお疲れでしょうか?」
「まあ、そんな感じだな」
俺は頭に浮かんできた言葉を適当に口から吐き出しながら、青音と会話をしていた。少しずつ現実の世界に戻ってきている感覚を頼りに、周りの景色を見つめる。
俺は血の付いた刀を握っていて、鬼の首元に立っていた。しかし、もうその首の先には何もない。首は本来一緒にいるはずの顔から上を失って、哀しい虚無だけをその空間に携えていた。首の切れ目から離れたところに鬼の顔が、こちらをにらみつけるように向きながら落っこちていた。
――全部俺がやったことだ。俺が、この手で……
何度か手を握ったりしながら、個の感覚が本当に現実のものであることを確かめる。血で染まっていた手は、かすかな痺れを感じていた。
「鬼を殺せ」と叫ぶ名もなき者の声も、鬼の首を切ってしまった今はすっかり聞こえなくなっていた。さっきまで鬼と戦っていたことがもう遠い昔のことのように感じてしまう。
「終わったんだな、お疲れ様」
半ば自分い言い聞かせるように青音に対してねぎらいの言葉を送った。ついでに青音の頭を撫でてやる。彼の頭は鬼に体当たりをしたこともあり、撫でられると若干顔をしかめつらせていた。俺の手についていた鬼の血がほんのり彼の頭にもついてしまった。
遅れてモモや黄助、弥助も駆けつけてきた。モモたちの活動のおかげで、村に広がっていった炎もほとんど小さくなっていた。
「やっと終わったんですね!」とモモが元気よく言った。
「うん、お疲れ様」
「さすがは桃太郎さん、かっこいい」
黄助もまだまだ元気が有り余っているようで、弥助や青音にちょっかいを出していた。なんかこの場の雰囲気とあっているのかわからなかったが、黄助は青音を助けた活躍もあるし、目をつむることにした。
「……」
「どうしたんだモモ?」
ワイワイやっていっる黄助たちを背に、モモがじっと俺のことを見つめていた。俺の心の中をやはり見られているのではないか、と俺もすこしヒヤリとする。
「私も撫でてくださいよ」
「え?」
「青音にはお疲れ様、って撫でてあげてたじゃないですか」
「あ、ああ」
一瞬戸惑ったが、言われた通りにモモの頭を撫でてやる。モモの頭にも鬼の血が付いてしまっていたが、それでもモモは満足しているらしかった。甘えっぽいところは昔から変わっていない。
戦いの終わった村は俺らを覗いて静まり返っていた。村の人々はそれぞれ、多くの物を失っている。皆が鬼が残した傷跡を眺めながら、悲しみと、ほんの少しの、生き残った喜びをかみしめ合っていた。
炎から上がった黒い煙は、月の光を遮りなっがら、長い間村の中を漂い続けていたのだった。




