7話 この世界をすくえるのはあなたしかいないの
「この世界を救う?」
「そう。あなたにこの世界を救ってもらいたいのよ」女神は俺の目を見ながらはっきりとそういった。
「やだ」俺は反対した。
「なんで?!」
「だって胡散臭いじゃないか。突然姿を現して自分のことを『女神さま』なんて自称する奴に世界を救えなんて言われても素直に信じられるかよ」
女神は目を丸くした。そして地団太を踏み始めた。その動作は女神というよりかは、もう、ただの少女だった。とても世界を管理できる器とは思えない。
「あんた、女神さまの言うことを信じられないっていうのね」
「ああ、信じられないね」俺は女神の地団太を無視しながら続ける。「そもそも世界を救うって何だよ。いったい何から世界を救うっていうんだよ。隕石でも降って来るのか?」
「……」
俺にとっては挑発のつもりだった。だが、女神はこの俺の質問がよほど意外だったようだ。地団太を止め、呆然としている。俺は何か変なことを言っただろうかと、自分の発言を振り返る。
「あんた、心当たりないの?」女神は静かに尋ねてきた。
「ああ、この世界を救うって言われたってね。こんな穏やかな世界が危機に瀕しているとは思えないけど」
「それは、あんたが住んでいるこの場所が穏やかなだけよ。優しいおじいさんとおばあさんに囲まれて幸せに暮らしている人にはね」
「幸せで何が悪いんだよ」俺は女神の発言にムッとしてしまった。「お前は結局何が言いたいんだよ」
俺は女神の答えを待った。女神は一度呼吸を整え、はっきりとした言葉で俺に伝えてきた。
「……鬼よ」
「鬼?」
「そう、鬼よ。あんたもこの世界に来てから話は聞いているでしょ。人間の生活を脅かしている鬼よ」
「話には聞いたことがある」
鬼の話はこの家に訊ねてくる人から何度か聞いていた。その時には確かにこの世界は桃太郎の世界なんだと実感していた。そして、鬼の話を聞くとかすかに怒りがこみあげてくることも……。俺は涙を流していたおじさんのことを思い出した。あの話を聞いて俺は怒りを感じ、何もできないもどかしさを感じていた。
「あんたも気が付いているんでしょうけど、この世界は、あんたが住んでいた世界にあった昔話とほとんど同じものなの。人間がいて、それを脅かす鬼がいる。けど、必ず最後は人間の勇者が鬼を退治してくれる。そんな世界だった」
「そして、女神さまはその世界を管理していたと」
「そう、だけれどこの世界でどうやら異常が起きたらしいの。鬼の力が強くなりすぎて、この世界の人間の力だけでは対処することができなくなってしまったの」
女神の表情からは気が付けば、いたずらをしようとする意思が消えていた。そこには、ただこの世界を憂いている管理者としての顔があった。少女は少しだけ大人になったように見えた。
「それで、俺に世界を救ってほしいと」俺は石に座りながら言う。
「そう、この世界の人間に頼れないのならば、他の世界の人を連れてくるしかない。私も、世界に介入することはできても、私自身も世界の規則に縛られた存在なの。――たとえば、世界をまたいで転生させるときは死んだ人間しか許されない。――だから好き勝手やることはできないの」
「なんで俺なんだ」俺は疑問をぶつける。「力の強い奴だったら俺以外にもたくさんいるだろう。世界はたくさんあるんだから」
「あなたが一番強い力を持っていたからよ」女神は少し言いづらそうにしながらも続ける。「……悪く思わないでほしいんだけど、あなたにはすさまじい力があった。周りから『バケモノ』と呼ばれるくらいのね。だから、この人になら世界を救える、鬼を倒せる力がある、そう思えたの」
俺はだんだんと頭の中が混乱してきた。俺はこの世界を救うためにやってきた。「バケモノ」なんて呼ばれる力があったから。そして、そんな俺がたまたま死んだからこの世界に転生された。女神の言いたいことはなんとなくわかる。でも、それでも……。
「お願い!この世界をすくえるのはあなたしかいないの!『桃太郎』として鬼を退治して。そうしないとこの世界は滅んでしまう!」
女神は考え込んでいた俺の手を取った。その時、女神がどんな顔をしていたのかはわからなかった。多分必死な顔をしていたんだろう。だが、おれはその表情をしっかりと見ることができなかった。
女神に手を触れられた瞬間、俺の体は一瞬にして鬼たちへの怒りに支配されてしまっていた。鬼が許せない。人間たちの仇をとらなければならない。鬼を退治しなくては。体がどんどん熱くなっていく。――それは使命と呼んでいいものなんだと思う。それが体全体を支配し、俺にこの世界で生きる意味を与えようとしていた。
「……わかった」
俺は意識もなく女神に返事をしていた。だんだんと体を支配していた使命感が収まっていく。女神はその返事を聞くと表情を明るくした。そして俺にハグした。
「よかった。これで世界が守られる」
まだ退治にも向かっていないというのに、女神はやけに上機嫌だった。もう一度顔を見合わせた時の彼女は、また元のいたずらな表情に戻っていた。
1時間だけ書くつもりが気が付けば2時間に。創作の魔法は不思議なものです