20話 あわれなものだ
「ふざけんじゃねえぞ!!」
俺に刀を向けられたことで鬼の怒りもついに頂点に達してしまったようだ。鬼の叫び声が村中に轟く。俺も負けないように体を構える。戦いの始まりだ。
俺はすぐに足に力を込めて飛び上がる。4人もの鬼と連続で戦っているおかげで、どれくらい力を込めればいいのかという感覚は完全に掴むことができるようになった。考えなくても自然と体が動いてくれる。体の感覚だけを頼りに飛び上がる。
俺はそのままの勢いで鬼の右腕を切り落とした。宿屋の主人を握っていた腕だ。主人をぎりぎり握りつぶされる寸前のところで力が届かない範囲まで切り離すことができた。
「青音!」
俺はもう一度青音に呼びかけて主人を助け出すように言う。青音はすぐさま空中の主人のもとに近づき、落ちていく彼を救い出していた。今更ではあるが、あの時彼の申し出を断らなくてよかったと思う。俺一人だけではきっとここまでうまくはいかなかったし、多くの人を助け出すことはできなかった。
鬼は、自分の腕が切り落とされるとは予想していなかったらしく、とつぜんの出来事に戸惑っていた。これまでの俺と鬼たちとの戦いを見ていて、すぐさま首を討ち取りに来ると思っていたのだろう。残念だが、そう簡単には物事は進まないのさ。俺だって必要があれば最短ルート以外の選択肢だってとる。
腕が切られたことを認識してしまった鬼は、時間差でやって来た痛みに悶え始めた。ひじから下を切り落とされてしまった腕は、今はただ使い物にならないものとして方からぶら下がっているだけとなった。痛みを一度感じてしまった鬼は、さっきまでの威勢が嘘のようになくなって行く。きっとこれまでろくな痛みを感じたことがないのかもしれない。
俺はそのまま鬼の首を討ち取るためにもう一度飛び上がる。刀をしっかりと握って刀を構える。しかしそれまで痛がっていたはずの鬼も金棒を振り回しながら俺の動きを阻害した。俺は不意の鬼の動きに驚きながらもその攻撃をよける。鬼は息を切らしながら俺のことをにらんでいた。おそらく本能的に首を守ったのだろう。仮にも大将であるだけになかなかにしぶとい。
その後も何度か鬼の首を狙って攻撃するものの鬼はその度に攻撃を防いできた。右腕の痛みを忘れてしまったかのように力を弱めることなく動き続ける。動きもだんだんと俊敏になっていた。他の鬼たちと同様に油断したらやられてしまう。緊張感が体の中にこみあげてくる。
「腕を切り落として勝ったつもりでいるのか? あわれなものだ」
鬼は攻撃の手が止まった俺の方を見てあざ笑うように言った。
「憐れなのはお前の方だろ。自分の体をよく見てみろ」
「これか? こんなのは気がしたうちには入らないよ」
「さっきはやけに痛そうにしていたけどな?」
「あれは、初めて味わう痛みに驚いただけさ。慣れてしまえばなんてことない。」
鬼はそういうと余裕そうな顔をしながら切り取られた腕をプラプラと振った。血が地面にしたたり落ちているが、もう鬼の顔にさっきまでの苦悶の表情が浮き上がることはなかった。鬼は俺のことをみて微笑む。もうすでに勝ったと言わんばかりの表情だ。守りの姿勢ばかりだった鬼は今度は攻撃が繰り出される。片手で金棒を振り回しながら俺が飛べないように確実に攻撃を狙ってくる。
俺はもう一度呼吸を整えて作戦を考える。正攻法で首を狙いにいってもまた攻撃を防がれてしまう。何かしら方法を考えなければ……。
「桃太郎さん、お待たせしました」
青音が主人を鬼から引き離れた場所へ運んで戻って来た。青音もじっと鬼をにらむ。
戦闘の準備は整った。
もう一度反撃の時間である。




