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19話 こっちですぜ

 青音は自分のもとに振り下ろされる金棒をただ茫然と見上げていた。時がゆっくりと動く。何とか青音のもとに近づきたいが、金棒の落ちる速度の方がおそらく速い。


 ――間に合わない。

 一瞬のうちにそう悟らざるを得なかった。鬼に体当たりをし、ひるんでしまっていた青音にとって振り下ろされてくる金棒はもはやどうしようもない事故であった。


「青音!」


 なんとか青音の耳に届くように叫ぶ。それと同時に鬼の金棒が青音めがけて叩きつけられた。地を砕くような打撃音が村の中に響き渡る。金棒が降り下ろされた地点を中心に周りに地割れが広がる。文字通りの強烈な一撃だった。周りに舞った砂ぼこりのせいで青音の様子がどうなっているのかを確認することができない。


 鬼は地面に金棒を叩きつけたまま呼吸を整えていた。怒りですべてを今の一撃に込めたようだった。鬼の動きが止まっている。


「今しかない」

 そう思った俺はもう一度飛び上がり、鬼の首を素早く切り落とした。青音のことも気になったが、今俺がやるべき最優先事項は、この憎い鬼の首を討ち取ることだった。


 できるだけ早く済ませることができるように無駄なく鬼は声も出さないまま体と首とを分断された。落ちていく鬼の首は何が起こっているのかまだ把握し切れていないようで、消えていく意識の中で何度も瞬きをしながら上に漂っている俺のことを見つめていた。そうして体とともに地面に落ちていく。


 鬼の体が倒れてしまうと、それまで握っていた金棒もある地を失ってそのままぐらついて倒れてしまった。俺は地面に着地すると、すぐに金棒のあったところへ駆けつける・砂ぼこりもようやく収まって中を確認することができたが、金棒が叩き落された位置には青音の姿はなかった。どこかに飛ばされてしまったのかと思ったが。周りには青音のものと思われるような血の跡が一つも残っていない。そこにはただ空虚に叩きつけられた金棒の痕跡があるだけだった。


「青音?」


 俺は周りを見回して青音の姿を探す。あの事態の中でそんな遠くへ逃げられるわけがない。上に攻撃をよけたのかと空を見上げてみても青音らしき姿を認めることはできない。どこへ消えてしまったのかわからない青音の姿を探してあたりを見渡していると、やがて後ろから俺のことを呼ぶ声がした。


「桃太郎さん、こっちですぜ」


 俺は声のする方に振り返る。そこには青音を連れた黄助が自慢げに立っていた。


「黄助? お前村の方に回っていたはずなのにどうして?」

「へっ、たまたま近くにいたんですが、こいつのドジな姿を見つけてしまったもんで助けてやったんですよ」


 黄助は声高らかにそう言うと、掴んでいた青音のの頭をバシバシ叩いている。まだ大変な状況が続く村の中でも黄助は平常通りだ。緊張感がないというか、ある意味で頼もしい。鬼との体当たりや命の危機を何とか逃れた青音は、ようやく頭の混乱もおさまり「痛いよ~」なんてかわいい声を上げている。俺は思わずその光景に微笑んでしまった。


「黄助何やってるのよ。早く戻ってきなさい!」


 モモの声が聞こえてくる。村に目をやるとまだ家から火が上がり人々は助けを必要としていた。黄助は「やれやれ」なんて言いながらモモたちの方へ戻っていく。炎を背景に走っていく彼の背中は、今日だけはなんだか頼もしく見えた。


 俺はもう一度村の方に目を向ける。そこには倒すべき鬼もあと一人、確かに残っていた。


 鬼の大将は、目の前で仲間が殺されてしまった事態をまだ飲み込めていないようだった。ただじっとついさっきまで生きていたはずの鬼たちの死骸を見つめている。鬼はじっと舌をうつむいていたかと思うと、小さな唸り声を上げながら体を震わしていた。


 さっきまで高笑いをしていた顔から余裕の色が消えていく。目の色が暗くなり体中からめきめきと力の増幅してくる音が聞こえてくる。鬼に近まれていた宿屋の主人は鬼の体の変化に合わせて不明を上げながら俺に助けを求めている。このままだと彼は鬼につぶされてしまうかもしれない。


 主人の悲鳴の声に合わせて、鬼も俺の方に目を合わせてきた。鋭い、というよりかは野蛮な力強い視線でただじっと俺のことをに睨みつけてくる。知性もなく、ただ怒りに身を任せている者の愚かな目である。


「鬼を殺せ」


 最後の一人を目の前にして俺の体も鬼を倒すための準備を完全に整えていた。


「青音さっきと同じように頼むぞ」

「はい!」


 青音はさっきと同じように元気に叫ぶ。すぐ直前に死ぬ間際にまで追い込まれたものとは思えない威勢のよさだった。彼が空元気ではないという証拠に、彼の瞳はまだ確かに輝きを持って俺の目をしっかりと見つめていた。


 俺は鬼に向かって刀を突き向けた。そして汚い顔をしている鬼に向かって睨み返す。戦うためにの気合は俺も鬼も変わらない。そして戦いの目的も変わらない。


 ――やるしかないのだ。

 俺は呼吸を整えてから体に力を込めた。

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