17話 少しだけ力を込めて
鬼たちと戦う準備はすべて整った。皆がそれぞれの決意を固める。俺も高ぶらせた体にいっぱいの空気を入れ込み、そして叫ぶ。
「すすめええええええ!」
俺は全員に号令をかけながら炎の中めがけて走り出した。この中でどのような地獄が待っているのかはわからなかったが、とにかくやるしかない。
「鬼を殺せ」
俺の中に宿る声は焦らされすぎてもう我慢の限界のようだ。何度も何度も叫び続けて体を動かそうとする。俺ももう戸惑うことはない、声に身を任せて炎の中に突っ込む。
炎は村を取り囲む砦のように立ちふさがっていたが、決して飛び込むこと自体は難しくはなかった。熱さを感じるもののほんの一瞬で、前に進み続ける限りは、その熱に身を壊されることはないようだった。
俺は自分の体の変化に我ながら笑いそうになる。
「強くなりすぎだろ」
独り言のようにつぶやく。熱さにも力にも耐えられるようになったこの体は、まさに戦うために生まれてきたことを自分自身に教えてくれる。
モモたちも俺のあとに続いて炎の中に突っ込むことができたようだ。弥助は少し苦しそうな顔をしていたが、よく飛び込んでくれたと思う。それだけ今が緊急事態だということがわかっているのだろう。
村の中に入った瞬間に、鬼たちの姿が目に入った。数は5体。森の中にいた鬼と大きさは同じくらいか。
――やれる。
俺の中で確かな確信があった。鬼を目の前にして段々と気持ちが高ぶり始める。鬼の血に飢えていた体が、早く鬼の血を浴びせかけてくれと渇きを訴える。腰に付けた刀を抜いて、戦いの体勢を整える。刀はもうすっかり俺の手になじんで、共に鬼を倒せる喜びを分かち合っているようだった。
「それじゃあ、作戦通りに。気を付けて」
俺は短くみんなに言ったら、反応も見ないで鬼の方へ駆けだした。
鬼たちは宿屋の前に4体。何やら宿屋を取り囲んでなにかをしている。その後ろで一回りほど大きい鬼が人間を押さえつけている。捕まっているのは宿屋の主人のようだ。やはり事態は一刻を争っているらしい。足を速めてすぐに鬼のもとへ駆ける。
宿屋の前にいた鬼の一人が女の子を持ち上げた。その顔には見覚えがある、弥助の妹だ。彼女は泣き叫びながら鬼に対して必死の抵抗をしていた。女の子の声に交じって母親の泣き声も聞こえてくるが、その努力は鬼には届かないようだ。
「やめろおおおお!」
主人の叫び声が聞こえる。鳴き声と悲痛の叫びと、鬼の気持ち悪い高笑い。そのどれもがまじりあい、場は混乱をきたしていた。
鬼が大きく口を開ける。女の子を食べる気だ。目の奥が急に熱くなる。早くこの鬼を殺さないといけない。胸の奥に湧き上がる衝動と共に足を大きく踏み込んで飛び上がる。
大きく宙を舞い、鬼の首一点を狙う。しっかりと狙いを定めて刀をもう一度強く握る。他の鬼たちは女の子に夢中で俺のことに気づいていない。いける。
鬼に向かって勢いよく飛び込む。力強く、しかし気づかれないように静かに。風を切るように飛び込んだあとは、やるべきことは、ただ鬼の首に刀を合わせることだけだった。刀が鬼の首に触れた時に少しだけ力を込めて押してやるだけでいい。
鬼と接触した時に、手に固い感触が伝わってくる。俺は頭の中のイメージ通りに刀を鬼の首に押し込んだ。
鬼の首は音も立てることなく綺麗に体から離れた。
切り落とされた首が勢いよく地面に叩き落される。行き場をなくした鬼の体は、徐々に力を失って倒れていく。女の子をつかんでいた手の力もなくなり、女の子が地面に落ちていく。宙を舞っている俺ではさすがに間に合わない。女の子は驚きと絶望の交差する中で、俺の方を見つめて確かに助けを求めてきた。
「青音!」
俺は、ようやく後ろから追いついた青音に叫びかける。
青音は急加速をしながら女の子の方に近づいていった。




