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15話 わかっているよ

 村に上がる炎を見つめて、俺たちはすぐにそれが大変な事態になっていることを察した。慌てる脳内の中でも、とにかく村まで向かわなければならないことだけはわかった。難しいことを考えず、とにかく体を動かす。


「とにかく、早く村に戻るぞ!」


 俺は弥助の腕を引っ張って村に向かって走り出した。遠くから上がる日を見つめて呆然としていた弥助は、俺の力に流されるままに引っ張られていく。


 モモと青音、黄助も俺のすぐ後に続いて走り出す。村は暗い闇の中でまがまがしい存在感を示しながら俺たちに場所を示している。夜空に上る黒い煙は、月の光に照らされながらどす黒く空中を舞う。


 走りながら、何とか頭の中の思考を整理する。


 村が鬼に襲われた。

 まだ確実ではなかったが、俺の中でははっきりとそれがわかっていた。森の中で鬼と出会った時と同じ感覚が体の中に戻って来る。異常事態のはずなのに体の中から力が湧き出てくる。まるでこの時を待ち受けていたかのように。


「鬼を殺せ」


 体の中からまた声が聞こえてくる。さっきと同じ言葉であるが、今度はより鮮明に体の中に響き渡る。きっとこうやって、体の中の力の一つ一つを覚醒させようとしているのだろう。


 ――わかっているよ。

 誰にも聞こえないような声で答える。もう心の準備はできている。今回はもう敵が誰なのかももうわかっている。戦闘準備は万端だ。村を襲う悪い鬼を、俺は退治しなければならないのだ。それが俺の”使命”なのだ。この間まで悩んでいたこの問いも、鬼を目の前にするとあまりにも自然に受け止めてしまう。おそらくこの流れから、俺は逃れることができないのだろう。


 俺が戦闘で走っていてよかった。きっと今の俺は笑っているに違いない。この非常事態の中でも笑いがこみあげてきてしまう自分がいるのだ。この顔をモモたちに見られたら、きっと不思議に思われていただろう。俺は少しでも早く鬼のもとにたどり着けるように、足を速める。


 自然と力を出して走ってしまっていたが、モモたちは案外普通に追いつけているようだ。さすが、鬼退治の仲間たちである。基礎体力は結構あるらしい。


「桃太郎さん、ちょっと速すぎ……」


 後ろから弥助の声がする。弥助は俺に手を引かれながら、何とか俺の速さに耐えていた。彼の普段の倍ほどの速さに酔ってしまっているようだ。顔が青ざめている。


 俺は走る速度を遅くした。それでも、弥助にとっては速そうだったが、何とか耐えられるらしい。


 本当は弥助には後からついてきてもらってもよかったが、もし彼が道中で鬼と出会ってしまうことを考えるとやはり危ない。速く向かえとうずく体を何とか言うこと聞かせながら、弥助と共に村へと向かう。炎はもうだいぶ近くまで来ていた。なにかを焼き尽くす音が聞こえてくる。それと同時に、かすかに人々の悲鳴と、誰かの笑い声が聞こえてくる。


「鬼だ」と俺はみんなに聞こえるように叫んだ。「村に鬼がいるぞ」


 弥助の顔が恐怖に染まる。さっきまで酔いの青ざめ方ではない。巨大な敵を前にした時の、絶望に近いような恐怖だ。きっと村の中で起こってしまっている惨劇を予想してしまっているのかもしれない。


 モモたちの間にも緊張感が走る。これはただの村の事件なんかではない。この先には鬼がいる。それはつまり、これから先の血なまぐさい展開を意味していた。その実感が彼らの中で大きなものとなっていく。


「桃太郎さん、持った速く走ってください!」と弥助が言った。「僕は大丈夫ですから、早く村に向かってください」


 俺は後ろにいる弥助にうなずいて、手を強く握り返した。


「しっかり捕まっておけよ」


 足に再び力を入れる。早く鬼のもとに向かいたくてうずうずしていた体から、歓喜の音が聞こえてくる。露のたまった草むらを踏んで大きく前に出る。


 村はもうすぐだ。

 この先にいるであろう鬼をにらみつけながら、俺は一気に速度を上げた。

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