14話 夜中・村の中にて③
鬼の一言と同時に、仲間の鬼たちは松明に火をつけた。そして各々が松明を手に持ちながら村の家中に火をつけ始めた。夜の暗い闇の中に赤い炎と黒い煙があたりを支配していく。火のついた家からは残っている者たちの悲鳴が聞こえ始めた。みなが家の中にいれば安全だと信じ身を潜めていた人たちだ。むごい、あまりにもむごすぎる。
自分の家に火をつけられた者はすぐに家まで駆けつけようとするが、その思いもむなしく、すぐに鬼たちに足止めを食らってしまう。目の前に金棒を叩きつけられ、小さく悲鳴を上げながら、自分の家が燃えていくのをただ眺めることしかできない。男たちは地獄を見る目で自分の家を眺めた。
家からは何とか抜け出してくることができるものもいた。身を潜めていた母親が子供を抱きかかえて家の外までやってくる。彼女たちは何とか家の外に出てきたことに安堵するも、村の中を我が物顔ではびこっている鬼たちの姿を見てしまう驚愕をした。家の中も外ももう地獄が広がっているのだ。
鬼たちは俺の家のも火をつけた。ついに自分の番が来てしまう。
「やめろ!」
捕まると分かっていても、体が勝手に家の方まで駆けだし始めた。家の屋根に放たれた炎はすぐに屋根全体に広がり、2階を火の海にしようとしていた。
俺はすぐに大将につかまってしまう。
「そうか、ここはお前の家なのか。それなら俺とゆっくり家の様子を眺めようじゃないか」
俺は大将の手の中につかまってしまう。鬼の手はいとも簡単に俺のことを包み込み、手のひらでしっかりと俺のことを拘束する。彼にとっては軽く握っているだけなのだろうが、それでも鬼の握力で、挟まれている俺の腕がめきめきと悲鳴を上げているのがわかる。あまりの痛みに言葉にならない叫び声が勝手に出てしまう。
家の中から悲鳴は聞こえてこない。もう駄目なのかと絶望に暮れそうになったが、しばらくしたら扉から妻とかりんが飛び出して来た。黒いすすをかぶった妻はしっかりとかりんを抱きしめたまま外に出てきてくれた。痛みの中にありながらも俺は涙が出そうになった。
妻は他の村の人々と同様に、外の地獄のような光景を見て絶句した。抱きかかえたかりんの目を何とか隠し、外で起こってしまっている惨劇を何とか飲み込もうとしているようだった。
大将から舌打ちが聞こえてくる。握っているこぶしが少し強くなり、腕がさらに悲鳴を上げる。おそらくもう骨は折れてしまっているだろう。
仲間の鬼たちは他の家に回るのかと思ったが、どういう訳か妻たちの周りを取り囲み始めた。妻の悲しい悲鳴が聞こえてくる。取り囲んでいる鬼の一人がこちらを向いて大将に話しかける。
「見てくださいよ。この娘、なかなか小さくて食べやすそうですよ。自分、この子をいただいちゃってもいいですか? 一度でいいから人間を食べてみたかったんですよ」
――食べる? 体から血の気が引いていくのが感じられる。鬼がかりんを狙っている。さっきまで機嫌を悪そうにしていた大将はその鬼の言葉に元気を取り戻したようだ。
「いい提案じゃないか。人間は旨いぞ。俺達の目の前でおいしく食べてみてくれよ」
鬼たちの間で再び歓声が起こる。妻の悲鳴が聞こえる。泣き叫んで何かを叫んでいる。必死でかりんを守ろうとするが、鬼の群れに囲まれてしまったら、なすすべもなく、かりんは簡単に鬼たちのもとに奪いとられてしまった。かりんは泣き叫びながら、鬼につままれている。
「やめろ、やめてくれ……」
俺は哀願をするように大将に何度も叫んだ。その度に大将はこぶしの力を強めて俺の声を封じ込める。
「駄目だね。あの娘はあいつに食べられるんだよ。お前が俺に命令をしようとしたからな。お前は鬼をなめすぎた。その罰をこれから食らうんだ」
大将は不気味に笑う。これから起きる惨劇と俺の絶望と、全てをおいしくいただきながらこの場を楽しむつもりだ。俺は何とか鬼の手を離れてかりんのもとに向かおうとする。妻もずっと鬼の足に縋り付きながらかりんを返してもらうようにすがっている。かりんは初めて見る鬼の恐怖に震えて、涙も枯れて、目から光が失われようとしていた。
かりんを持っている鬼は高笑いをしながら、大きく口をあけてかりんを口の中に運ぶ。
「やめてくれえええええ!」
誰にでもいい、とどいてくれ。血の味が混じるので何とか声をひねり出して叫びをあげる。絶望が胸の中を支配する。
その刹那、何者かが鬼の首を切り落とした。




