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13話 夜中・村の中にて②

 俺たちは何が起こったのかすぐに理解することができなかった。たった一瞬で太三さんがつぶされてしまった。鬼たちは何も変なことが起こっていなかったというようにただ笑っている。


 俺は背筋が凍るのを感じた。なぜ鬼が人を殺すのだ? 食料や財産を渡してゐれば人には危害を加えないのではなかったのか? これまで信じてきた考えが頭の中で崩れ始める。前の村で鬼に襲われたときの映像が頭の中でよみがえる。あの時は鬼に刃向かおうとしたものがいて、それで鬼が激昂して村が滅ぼされた。


「なぜ、こんなことをされるのですか?!」


 俺は思わず鬼たちに向かって訊ねた。一つだけ心当たりがあったからだ。鬼たちは笑いをとめ、俺の方に目を向けた


「あなたたちの敵である『桃太郎』とやらはこの町には居ません。あなたたちの怒りの対象はどこにもいません。だから、そうかこんなひどい真似はしないでください」


 震える声だったが、何とか鬼たちに届くように精いっぱいの声を上げた。そうだ、俺は確かに桃太郎を追い出したんだ。もう鬼の対象はここにはいない。俺たちはこんなにひどい仕打ちを受ける理由なんてどこにもないのだ。


 金棒を持っていた鬼はしゃがみこみ、俺に目を合わせてきた。


「お前、いったい誰に向かって指図しているんだ?」


 冷たく、低い声だった。鬼に睨みつけられて、背筋が一気に凍る。その瞳の中にははっきりと俺の姿があり、慈悲というものは一切混じりこんでいなかった。


「俺たちはただ殴りたかったからこの人間を殴っただけだよ。せっかく気持ちよくなっていたのに、人間如きにやめろなんて命令されたらどんな気持ちになるかわかるか?」


 鬼は金棒を思い切り地面に叩きつける。鈍く重い音が村の中に響き渡る。村人たちの何人かが高い悲鳴を上げる。


「とっても気分が悪くなるんだよ。だいたい『桃太郎』って誰だよ? 俺らに敵なんているわけがねえだろうがよ。勝手に俺らの敵になって死んでいった奴は何人もいる。そいつも結局はその中の一人になる奴だろ?」


 鬼たちの間で笑いが起こる。彼らはいったいどれだけの人間に絶望を与えてきたのだろう。彼らの認識のなかでは、人間が鬼の敵になることなんて全く考えの中にも入っていないのだ。俺の前に立っている鬼はどうやらこの群れの大将格の存在らしく、仲間の鬼たちをどんどん煽っていく。村の中に鬼の声だけが活気づいて響き渡る。


「人間に命令されているようじゃ、俺たちもまだまだ甘かったみたいだな。これからはもっと厳しくやっていかなくてはならん」

「え?」

「え、じゃねえよ。お前たち人間は最近生意気になったと言っているのだ。見かけだけは俺たちに従順なような態度をとっておきながら、心のなかじゃすっかり恐れることを忘れてしまった。『出すものだけ出しておけば、助かるから大丈夫だ』なんて考えているんだろ? 全部お見通しなんだよ。だからここらでもう一度鬼の力というものを人間どもに見せつけることにした」


 後ろの鬼たちから歓声が聞こえてくる。完全に場の空気に因ってしまっているらしく、持っている武器を振り回しながら互いに鼓舞しあっているようだ。鬼たちにとっては襲撃はひとつの宴のようなものなのだ。


 目の前の鬼は立ち上がり、もう一度村人たちに向かって叫ぶ。


「お前たち、再開だ。持っているものを早く俺たちのもとに持ってこい。持ってきたやつから順番に叩き潰してやるよ」


 大将の呼びかけにさらに鬼たちの歓声が高まる。村の人間たちは対照的に完全に顔が青ざめてしまい、その場から動くことができなくなってしまっていた。中には王としてしまうものまで現れる。誰もがすぐ目の前に迫った”死”の存在におそれ、絶望していた。


 誰も荷物を渡しに来なくなってしまうと、鬼はつまらない顔をした。


「どうした誰も来ないのか? つまらない奴らだな」


 村人たちからの反応はない。みな、ただうつむいてすすり泣く声を上げるばかりである。俺もどうすることもできず、ただその場に立ちすくむことしかできなかった。

 鬼は俺たちの反応を見ると舌打ちをした。そして、うしろの鬼たちに何やら合図を送る。


「やれ」と大将の鬼はただ短くいった。その一言を皮切りに、一緒につまらなそうにしていた鬼たちに笑顔が戻っていく。鬼たちは持ってきた台車の中から何かを引っ張り出し始めた。鬼たち台車の中から、何やら棒を取り出した。先端を白い布に包まれた木の棒。それは紛れもなく松明だった。


 その姿を確認した時、俺たちの顔はさらに青ざめる。大将はそんな俺たちの反応を見て、にやりと気持ちの悪い笑みを浮かべた。


「残念だったな。俺もここまでするつもりはなかったのだが、お前たちが俺らの命令に従わないというのならば仕方がない」

「やめろ」


 俺は震えた声でつぶやく


「今さら何をしたって無駄だ。お前たちは俺らのことを少し舐めすぎた。これはそれに対する罰だ。これからこの村には火の海になってもらう。――お前ら、やれ」


 鬼は気味悪く笑った。

 いま、まさに地獄が訪れようとしていた。

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