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11話 物心つくまえの話ですが

 弥助は思い出したように口を開く。


「あの今さらですが、宿屋から追い出してしまってすみませんでした」

「やめろよ、弥助の責任じゃないだろ」

「いえ、でも父のやったことですから」


「よくできた息子だなあ」と後ろで聞いていた黄助が茶々を入れる。その黄助の頭を青音が翼で思いきりひっぱたいた。


「痛ってえな。何するんだよ」

「今日は容赦しないと決めたんだ。弥助くんがかわいそうだろ」

「少しくらい場を和ませようとしたっていいじゃないかよ」


 そういう黄助を青音がもう一度叩く。普段のアタフタしている彼よりもなんだかイキイキしているように見えた。やっぱりこの二匹は仲が良いのだ。


 俺は青音たちのやりとりをよそに弥助の頭をなでる。


「あんまり気にするな。鬼を目の前にしたら誰だって怖くなってしまうものだ。身を守るための準備はどれだけやったってやり足りないくらいだからな」

「ありがとうございます。桃太郎さんが心優しい方で助かります」


 弥助の顔がようやく少し柔らかくなった。彼も子供なりにいろいろ考えて、苦労をしているようだ。


「僕たち家族は昔は別の村に住んでいたそうなのです。僕が物心つくまえの話ですが。その村は鬼に襲われて滅ぼされてしまったみたいで、生き残った父は僕たちを連れて、命からがら今の村に逃げてきたと話していました」

「それいつの話?」

「多分5年くらい昔のことだと思います」

「それじゃあ俺とモモは知らないか……青音たちは知ってるか?」


 俺は青音たちに弥助の話を訪ねてみる。青音たちもいつの間にか話の中に参加していたようで、何やら神妙な顔つきをしていた。


「その話は僕たちも知っています。ここから西の方で起きた出来事でしたが結構激しかったので、東の方に住んでいた僕たちにも話が入ってきたくらいです」

「あれはすごかったな。遠く離れている出来事のはずなのに、衝撃が伝わって来るみたいだったぜ」

「それまでにも鬼はたまに村を襲撃するみたいなことはあったんですけど、あそこまで被害が出たのは初めてで、僕たちの周りでも結構怖がっていました」

「噂によりゃあ村にあったもの全部まとめて持っていかれたらしいですぜ」


「ひどい……」とモモが思わず声を上げる。気持ちは俺も一緒だ。

「父も『僕たち家族が生き残っているのは奇跡だった』といつも言っていて、よほど鬼に対して恐怖を抱いているようです」


 再び重い空気に包まれてしまう。皆頭の中でそれぞれ鬼の惨劇を思い浮かべているのだろう。俺やモモはその状況を知っている訳ではないがやはり心痛むものだ。モモも厳しい顔をしながらうつむいていた。傷つけられる痛みはモモだって痛いほど知っている。これまでまだふわふわしたものとなっていた鬼退治の使命がもう一度火を付き始める。


「鬼を殺せ」


 再び頭の中で声がする。名もなき者のはっきりとした声。鬼のことを意識すると必ずと言っていいほど現れて頭の中で呼びかけてくる。「鬼を殺せ」とそれしか言わないが、全てはそこに詰められていた。頭の中が再びぼおっとし始める。鬼ヶ島が近くなっているからかもしれない。鬼への思いも、南の森の中にいた時よりもはるかに強くなって居ている。教えられる情報の一つ一つがつながっていき、「鬼を殺せ」の囁きとともに大きくなる。


「……大丈夫ですか?」

「え?ああ」


 モモの声で俺は現実に引き戻される。


「なんかだいぶ怖い顔をしていましたよ」

「そ、そうかな? なんだか鬼の襲撃の話を聞いていたら顔もこわばっちゃったのかな」


 俺は笑いながらモモに答える。思った以上に乾いた笑いしか出すことができなかった。


「でもそんなことがあったら、やっぱりさっきの宿屋での反応だって納得しちゃうよ。だから弥助、あんまり気にしなくていいからな」


 俺は無理やり弥助に話題を振る。弥助はとりとめのない返事をした。あまりにも強引すぎたのかもしれない。

「鬼を殺せ」という囁きが聞こえてしまうと、どうしても頭のなかがぼおっとしてしまう。一人だけでいるときはそれでも別にいいのだが、仲間たちがいるときはどうしたらいいものだろうか……考えないといけないな。


「桃太郎さん!」


 後ろで青音たちの声がした。また何かを見つけたみたいだ。でも、弥助の明かりを見つけた時よりも声に力がこもっていた。


「どうした?」

「なんだか燃えているんです」

「また明かりか?」


「いえ、そうじゃなくて今度はもっと大きな炎です。多分あれは村の方からじゃないでしょうか……」

「なんだって?!」


 弥助は飛び上がって村の方を見やる。俺たちも一緒に振り返って青音たちの指さす方向をみる。たしかに村の方角で炎が上がっていた。炎は黒い煙を上げながら、暗い夜の中でだんだんとその勢いを増大させているようになった。


「どうして……」弥助の力ない声が聞こえる。その声は震えていて、まだ現実をうまく呑み込めていないようだ。


 ――多分鬼だろう。

 俺の中でなんとなく確信があった。こんな夜更けに村に火を上げる奴らなんて鬼しかいない。


「とにかく行ってみよう。モモたちも大丈夫か?」


 俺は弥助の腕を引っ張りながら走り出す。モモ達も俺の声にうなずきながら後ろについて走り出した。鬼ヶ島も近くなり、きな臭い雰囲気がついに漂い始めた。


 長い夜が始まりそうだ。

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