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10話 これを持ってきたんです

 俺たちは一度木の陰に身を隠すことにした。万が一正体の知れない相手に襲われるなんてことがあってはたまらない。明かりの正体がこちらにやって来るのをじっと待つ。

 長く時間も待たないうちにその主はすぐ近くまでやって来た。


「おかしいな。この方向に歩いて行ったって聞いたんだけどな」


 声の主は木の周りをきょろきょろと眺めている。聞いたことのある声だ。


「桃太郎さん、あれって」と青音が俺に訊ねる。

「さっきの少年だな。たしか弥助だっけ」

「どうしてここに?」

「さあ?」

「僕たちのことを探しているみたいですね」

「とりあえず、姿を現してみても大丈夫そうだな」


 俺は木から出て弥助に声を変えようとする。しかし、腰を上げた瞬間、弥助の悲鳴が聞こえてきた。


「どうした?!」


 俺たちは木の陰から出て行って弥助の方に駈け寄る。彼はその場でしりもちをついていた。すぐ近くにろうそくが転がっている。弥助は俺たちにすぐに気が付いたようで、声を震わせながらしゃべる。


「あ、あの、暗闇の中から、何かが急に俺の足を、引っ張って来て……」

「なにか?」


 弥助はよほど動揺しているのか、何度もうなずいていた。


「この変にそういう変な生き物は生息しているのですか?」と青音が訊ねる。

 弥助はこれまた何度も首を横に振りながら回答した。首が取れてしまうんじゃないかという勢いだ。


「と、なると犯人は……」

 モモが後ろを振り返る。俺たちも一緒に振り返ってみると、後ろで声を何とか噛み殺そうとしながら笑っていた。


「黄助……」

「いや、すんません。相手がこの少年だと分かったら急にいたずらしてみたくなっちゃって」


 黄助はもう声を噛み殺す必要がないと悟り、ひいひい言いながら笑い転げている。俺が今まで生きてきた中でもここまで馬鹿笑いしたことはない。青音は翼で顔を覆い隠しながら自分の友を何とか見ないようにしていた。


「弥助さん、うちの馬鹿が本当にすみません」

「ま、まあ妖怪とかそういうのじゃないのならいいよ。……次はしないでよね」

「強く言っておきます……」


 弥助はまだ震えている声で強がりながら言っていた。彼の目にはまだ涙がうっすらと見え隠れしていた。弥助はそのまま立ち上がろうとする。まだ彼の膝は震えたままだったが何とかひとりでたちあがることができた。地面に落ちてしまったろうそくを拾い、自分の荷物を確認している。彼は後ろに背負っていた荷物が無事だったことを確認すると、ようやくほっと一息ついた。


「それで、何しに来たんだ?」と俺は訊ねる。

「父さんが皆さんを追い出してしまったと聞いて、これを持ってきたんです」


 そう言うと弥助は持っていた荷物から何かを取り出した。


「これ、皆さんへの夕飯です。多分夜ご飯を食べていないと思って……」


 弥助が取り出したのは俺達の数ぶんの握り飯だった。動物たちが握り飯を食べれるのか少し心配だったが、モモたちはそんなこと気にしないといった感じで弥助のもとに駆けつけて握り飯をもらっていった。黄助などは弥助にいたずらしておきながら、お構いなしに弥助の前で頬張り始める。誰だって空腹の前にはどんな感情もかまいやしないという訳だ。


「こんなもらっちゃってよかったのか?」

「はい。というか、むしろ食べていただかないと申し訳ないです。部屋の支度をして下りてきたら皆さん帰ってしまったと聞いて、僕が案内してしまったので失礼なことをしてしまったと思って」

「そんなこと気にしなくていいのに」

「いえ、宿屋が客を追い出してしまうなんてよくないです!」


 弥助はなかなか芯の通った少年であるように見えた。申し訳なさそうにしている彼であったが、彼は自分の選択一つ一つにしっかりと自分の意見を持っている。


 俺も弥助から握り飯を受け取りながら、彼からいろいろな話を聞いた。どうやらこの辺は、鬼ヶ島から近くにあることもあり、鬼が来る頻度も少し高いようだ。一つの震災のようなもので、人々の中では鬼の襲来に慣れてきてしまっているものもいるらしい。


「鬼は食料や金品を奪っていきますが、人の命を奪っていくことはなかなか稀ですから。静かにしていればいい、と考えてしまう人も中にはいるみたいです」

「命は奪われないと言ったって大事な食糧が無慈悲に奪われていくんじゃ同じようなものじゃないか」

「僕もそう言うのですけど、なかなか村の人は考えを変えませんね。父もそのうちの一人です」


 弥助は力なくつぶやく。青音達もにぎりめしを食べながらも話を聞いているようで、重い空気が漂っていた。俺たちが見てきたよりも、より切羽詰まった鬼の実感。いつやってきてもおかしくない恐怖が日々彼らの精神を削り続けているのだ。


 弥助は思い出したように口を開いた。

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