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9話 この気持ちだけは変わりませんから 

 俺たちは村から少し離れた茂みに腰を下ろした。夜はだいぶ更けていて、月の光がなければあたりには何も見えていないだろう。

秋風はやけにひんやりとしていて胸に突き刺さる。


「なんで俺たちがこんな扱いを受けなきゃいけないんだよ」

「黄助、もうそれくらいしておきなよ」

「だってふざけているだろ、鬼退治をする立場なのにしている立場なのに出て行けなんてよ」

「それは確かにつらいけど、まあ村の安全を考えたら仕方ないじゃないか」


 黄助はまだ腹の虫がおさまらないようで、ずっと愚痴を青音にぶつけている。正直、黄助はへらへらとその場に流されるかと思っていたので、この黄助の反応には少し驚いていたりする。


「……あんたはまだ何もしてないじゃない」

 モモがぼそりと、しかし確実に黄助の耳に入るようにつぶやいた。

「何か言ったか?」

「べつに~?」


 黄助がモモをにらみつける。モモが挑発してしまったために、黄助は今にも飛び出してきそうな雰囲気を醸し出していた。青音が黄助を何とか押さえている。


「ほらほら、モモもそんなに挑発しないで」


 今回はさすがに俺もさすがに間に入る。にぎやかなのはいいが、ケンカになってしまってはしょうがない。

 しばらく場に沈黙が漂う。なんだか嫌な感じだ。


「青音も言っているけど、ここであんまり怒りをぶつけていたって仕方ないだろ? もやもやしているのは俺も一緒だ」

「桃太郎さんは悔しくねえのかよ? あんなこと言われて」

「そりゃあ、たしかに複雑な思いになるさ。でも実際、鬼みたいな『バケモノ』が相手なんだ。神経質になってしまうのだって仕方ないだろう」


 ――そう、俺がされてきたみたいにな。

 

 俺は心の中で小さくつぶやいた。

 鬼を退治する立場になってから、「バケモノ」という言葉がこれまでとは違う重みをもつようになってきていた。人間は自分の頭では理解の及ばない力を持つ者に対しては必要以上の警戒をしてしまう。そうしないと自分の身が危ないと本能的に感じるからだ。その過程の中である者は力に魂を売ることになり、またある者は力を必要以上に近づけすぎないようにする。それはどの世界に来たって変わらないことなのさ……。


 俺は黄助に微笑みかける。しっかりとしたやさしい表情になれていたかはわからない。考えることがあまりに多すぎたから。それでも、黄助はなんとか自分の気持ちに引っ込みをつけてくれたらしい。やっぱり頭のいい奴だ。彼は頭を掻きながら後ろを向く。その姿を見て青音がなにやら茶々を入れているようだった。やっと元のにぎやかな雰囲気に戻りそうだ。


 青音と黄色のやり取りを眺めていたら、後ろで服が引っ張られる感覚がした。振り向くと、モモが俺の服の端を静かにつかんでいた。モモはうつむいていてうまく表情が読み取れない。


「どうしたんだ?」

「あの、私は桃太郎さんのことを『バケモノ』だなんて思ったことを一度もないですからね。この世界でも、前の世界でもこの気持ちだけは変わりませんから」


 モモはそういいながら静かに顔をこちらに向ける。その表情は何か傷を抱えているように見えた。『バケモノ』という言葉を聞いてモモ自身も何かを感じ取ってしまったのかもしれない。

 

 もし、この世界で俺の心がモモに見えてしまっているならば、きっと俺はモモを傷つけてしまうことになるだろう。俺が背負うべき気持ちは俺だけのものでいい。モモにまで背負わせたくはない。今度女神が姿を現した時には頼んでおいた方がいいだろう。


「なに、いまさらそんなこと言ってるんだよ。俺とモモの仲だろ? そんなことわかってるよ」

「……ですよね。ただ桃太郎さんにはしっかり言葉にして伝えたかっただけです。今までは伝えたかったけどちゃんと伝えられなかったから」


 モモはそれだけ言うとようやく笑った。

 俺はモモの頭をそっと撫でる。モモの温かさが手を通して体全体に伝播される。言葉で表現できるのもいいけどこれだけでも十分伝わるのにな、なんて思ってしまう。これはあえて言葉にはしない。感じ取れ、モモ。


「桃太郎さん」


 青音が俺を呼ぶ。


「どうしたんだ?」

「なんだか明かりがこっちに近づいてきますよ」

「え?」

「ほら、あっちの村の方角から、なんだか小さな明かりがこっちの方に近づいてきています」


 俺は青音がさす方角に目をこらす。たしかに、小さな橙色の点がこっちに向かってゆらゆらと近づいてきている。


「追手か?!」


 黄助が無駄に騒ぎ立てる。相当まだ体力が残っているらしい。


「いったい何のためによ?」

「わかんねえよ。でもなんか追われているって緊張感があっていいじゃないか」

「あんた、馬鹿ね」


 モモと黄助のやり取りを聞き流しながら俺と青音で明かりの方を見つめる。


「やはり、人ですよね」

「あの影は人だよね」


 明かりが近づくにつれて段々とその影も濃くなる。

 誰かが俺たちのもとに近づこうとしていた。

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