8話 旅の人を連れてきたよ
「着いたぜ」
少年に連れられるまま、俺たちは村の宿にまでやってきた。さすが宿というだけあって、周りの藁ぶきの家よりかは少し豪華になっていた。
木でできたその家は二階建てになっており、入り口が広く空いている。そのまま少年に連れられるまま中に入っていく。
「ただいま。外にいた旅の人を連れてきたよ」
少年が家の中に向かって言う。妹が兄のもとを離れて家の中に入っていった。やがて、家の中から主人と思われる人物が顔を出す。
「おお弥助、ご苦労だった。旅の方、ようこそいらっしゃいました」
主人は俺たちに挨拶をしてから俺たちのことを注視した。俺のことを、というよりかは俺の後ろにいる仲間たちのことを見ていた。
「旅の方、ずいぶんと賑やかなお仲間を連れているのですね……」
「ああ、こいつらですか。旅の途中で仲良くなったもので。決して人に危害を加えたりしない者たちですが、一緒でも大丈夫ですか?」
俺はモモたちに挨拶をさせた。モモはある程度人の姿をしていた分、宿の主人も受け入れやすかったようだが、普通の猿やキジの姿をした黄助や青音が言葉を話しているのにはいささか驚いているようだった。
「言葉をしゃべれる猿なんてなかなか見れるもんじゃないから、今のうちによく見ておくといいですよ。旦那」
黄助は自分が注目を浴びていることが嬉しいようだった。声が少し高くなっている。
「恥ずかしいからはしゃがないでくださいよ」と青音がすかさずフォローを入れる。黄助は静かになったがまだ体はムズムズしているようだ。
「面白い方たちですね。大丈夫ですよ、どうぞ泊まっていってください」
宿の主人は笑いながら許可を取ってくれた。これだけおかしな集団でも受け入れてくれるなんてやさしい主人だ。
「いま、上の準備をさせるので、少々お待ちください」
そう言って、主人は弥助を上の階へと行かせた。俺たちは玄関に腰を下ろしながら弥助の準備を待つことにした。
「そういえば旅が始まってから、人の家で泊まるのは初めてかもしれないな」と俺はモモに言った。
「あの小屋で寝てたじゃないですか」
「あ、確かに……でもあれは数に入れなくていいだろ」
「あれは家というには少しひどい環境でしたからねえ」
「僕と黄助に関しては、人の家に泊まること自体初めてですね」と青音が言った。
「たしかに、そういうことになるのか」
「こんな楽しそうな体験、他じゃなかなかできることじゃねえぜ」
黄助はまだ体を小刻みに動かしている。よほど民家が珍しいらしい。
「あんたもう少し落ち着かないと、外に追い出すからね」とモモが言い放つ。
「へっやれるものならやってみろ」
モモが黄助に喧嘩を売り、黄助も負けじとモモを挑発する。意地を張る両者の間で青音が何とか場を収めようとあくせくしながら翼を広げている。静かな夜の村ににぎやかな喧騒を繰り広げていた。
……なんだかにぎやかになったものだ。
こんなに多くの者のやり取りを耳にしているのはいつぶりだろう。森の中では女神と狐しか話し相手はいなかった。もっとさかのぼってみても、こんなににぎやかに誰かと話していることなんてなかった。前の世界で失ってしまっていたものをこの世界でなら取り戻すことができる。俺はみんなのやり取りをずっと見守っていたいような気持ちになった。
「あの、旅の方はいったいどちらから来られたのですか?」と宿屋の主人が訊ねた。
「俺とこのキジは東の森の方から来たんだぜ」と黄助が身を乗り出して答えた。
「それで俺とモモは南の森の方からやってきました」と俺も答える。
「南の森ですか!」
主人は眼を丸くして言った。
「ええ、そうですけど」
「あの森には鬼が住んでいたと聞いていますが、よく無事に抜けてきましたね」
「ああ、それは」
「それはこの桃太郎さんが鬼を退治してきたからです!」
俺が答えようとした言葉を遮って、青音が答えた。翼をばたつかせている。
「桃太郎?」
「そうです! この方は今鬼退治のたびに出ている桃太郎さんなのです。南の森をのさばっていた鬼も、この桃太郎さんが退治してくれたのです」
「……」
青音が目を輝かして話しているのとは対照的に宿屋の主人はそのまま黙り込んでしまった。青音は主人の様子を気付かず俺のうわさを話していたが、やがて異変に気付いて話すのをやめた。その青音の姿を見て、黄助がくすりと笑う。
主人はしばらく沈黙を貫いていたかと思うと、厳しい顔をして口を開いた。
「すぐにこの村から出て行ってください」
「え?」みんなの時が止まる。
「どうして?」モモが思わず主人に訊ねる。
「鬼退治をした桃太郎がこの村に泊まっているなんて情報が、鬼たちに知られたらどうするんですか? 鬼を殺された仕返しに村のことを襲いに来るかもしれない。あなたたちはそれでいいかもしれないですが、そのせいでこちらが巻き添えになったらどうするんですか」
主人は強い口調で俺たちに言い放った。その言葉が俺の胸に刺さる。
「ベ、別に、鬼が来るなんて、決まったわけじゃ、ないでしょ……?」モモは言葉を詰まらせながらも反論する。
「可能性が少しでもあるだけでもだめなんです。あなた達は好きで鬼退治なんてやってるかもしれないですけど、何も関係ない身としたら迷惑でしかないんですよ!」
「このまま鬼におびえて暮らしていてもいいということですか?」と青音が訊ねる。
「鬼はこちらが何もしなければ危害は加えない。それをどうでもいい正義感で複雑にしないでくれ」
主人はそれだけ言うと、俺たちのことを追い出した。モモ、青音や黄助がいくら反論しようとしても「出て行け」の一点張りで主人は話を聞こうとしなかった。俺は、なぜか主人に反論する気になれなかった。
結局、俺たちは誰もいない夜の森に置き去りにされてしまった。
「……どうします?」
しばらくあっけにとられた後、モモが口を開いた。
「けっ、こんな宿屋、こっちから願い下げだよ」黄助が舌を出しながらしまった扉に喧嘩を売っている。青音も珍しく起こっているようで黄助を止めようとしなかった。
「とりあえず、村の外に出ようか。このままここにしてもしょうがないしな」
俺たちが何を言おうと、残された選択肢はそれしかなかった。家からかすかに漏れる明かりと月の光を頼りに俺たちは村の外まで歩いていく。
その間もずっと主人の言葉が頭の中で繰り返されていた。




