6話 青音と黄助
「連れて行けばいいじゃない」
女神は俺たちのことを見つめながら不敵な笑みを浮かべていた。
「女神さま」とモモは言った。モモも女神の存在に気づいていなかったようだ。
「いつからおられたのですか?」
「キジさんが『一緒に鬼退治に連れていってください』と言ったところあたりからね」
「わりと最初の方からじゃないか……」
俺もすかさずツッコミを入れる。ずっと見ていたのなら早いうちに口を挟めばよかったのに。
「だってあなたなら勝手にことを進めてくれると思っていたのに、ずっと渋ったままなんだもの」
女神はまた俺の心を読んだかのように言った。いや、たぶん読んでいるんだろうな。
「そりゃあ当たり前だろ。森を抜けたら突然現れて『一緒に連れていけ』なんて、警戒するなって方が難しいだろ」
「そこで寛大な心を見せるのが勇者というものでしょ!」
「めちゃくちゃすぎるだろ」
女神のめちゃくちゃ具合には慣れていたとは思っていたが、やっぱりそんなことはなかった。女神は今では自信満々な表情を浮かべながら、自分がルールだと言わんばかりに立っている。女神を後ろから照らす光が無意味に彼女に威厳を与えていた。
「あの、」とキジが口をはさんできた。「あの方はいったい?」
「あー、女神さまっていって、この世界の主みたいなやつなんだけど、まあ口うるさい女の子だよ」
「ちょっと、なによその説明は! もっと私のことをたたえなさいよ」
「ワー、メガミサマ、スバラシイ」
「あんた、この数日で私のことをなめ始めたわね」
キジは突然始まった俺たちのやり取りを首をきょろきょろさせながら眺めていた。どうやって、場を落ち着かせようかあくせくしているのかもしれない。猿は一歩離れた位置から俺たちのやりとりを笑いながら眺めるだけだった。初対面の女神すら笑い飛ばすとは、こいつなかなか肝が据わっている。
「あ、あの」とモモがついに間に入った。
「女神さま、この方たちを一緒に連れて行けばいいというのは、本気ですか?」
「当たり前じゃない」
女神は迷いなく答えた。
「いったいなぜ?」
「だって、こんなに鬼退治にやる気があるのよ? 一緒に連れて行って貰うためにあなたたちのことを待ち続けるなんてなかなかできることじゃないでしょ」
「たしかにそうですけど……でも、やっぱり私は怪しい気がしちゃって。特にあいつとか」
モモはまた猿を指さした。猿も二度目はさすがに慣れてしまったようだ。自分のことを指さしながら笑っている。
「また俺かよ。俺は猿の中でもなかなか信頼できる猿だぜ、なあ?」
猿はキジに視線を送る。キジは少し考えながらうなずいた。気持ちいいうなずき方ではないように見えた。猿はずっこける。一人で漫才をしているみたいだ。
「……あんなのですよ。絶対怪しいです」
「まあたしかに怪しいけど、大丈夫よ。それは私のことを信頼してほしいな」
女神はそういってモモに笑いかける。優しい表情なのだろうが、外から見ているとなんとなく怖いように思えてしまった。
「そうですよ。女神さまのいうことを信じてみるのがいいんですよ!」と猿は威勢よく言った。
「調子のいい奴め」
「彼はそういうやつなんです。大目に見てあげてください」
キジがすかさず猿のことをフォローする。猿の姿ばかり見ているとキジノことを守ってあげたくなってしまうから不思議だ。
「……わかりました。女神さまが言うんでしたら大丈夫でしょう」
モモは俺の方に振り向く。
「桃太郎さん、私はこの方たちを一緒に連れていってもいいですよ」
こうしてまた女神の手によって一つの歯車が動き出すことになった。モモが言っていたように女神の作り出す流れの中では俺にできることはほとんどないのかもしれない。
「わかったよ、それじゃあ一緒に鬼退治にいこうか」
「ありがとうございます!」
キジは翼を激しくばたつかせながら喜びを表現していた。狐のしっぽみたいなものなのだろうか。こっちはわかりやすいから反応もしやすい。キジは落ち着くと、後ろに立っていた猿を連れてきて、俺の前に並んだ。二匹とも身長は俺の腰のあたり位まであった。
「申し遅れました。僕、キジの青音といいます」
「俺はこいつの付き添いの黄助です」
「付き添いって」
モモはすかさず黄助に突っ込みを入れた。俺も同じことを考えたが面倒くさいことにならないように突っ込まないことにした。
「よろしくな」
そう言って俺たちは早くも出発を始めた。出発をするとき、すでに女神の姿はどこかに消えていた。
――どうして黄助と青音の前に姿を現したのか聞きたかったのに。
気になることはあったが、とりあえず俺たちは鬼退治へ向かう。気が付くと、昔読んだ物語のとおりに物事が進んでいた。




