5話 鬼退治に行きたいんです
「鬼退治に連れていってください!」
キジは声高く俺に言った。真っ直ぐに見つめながら俺のことを見つめている。その中には何かを訴える強い意志が見えた。目の位置に困った俺は、後ろに立っていた猿の方に目を向ける。猿はキジとは対照的にヘラヘラと笑いながら俺たちのやり取りを見つめていた。
「僕、どうしても鬼退治に行きたいんです!!」
「……ちょっと待って」
俺は一旦キジの勢いを押さえ込んだ。このまま彼らのペースに飲み込まれてしまうのはまずい。それにいくつか整理しなくちゃいけないこともあった。
「いくつか整理させてほしいんだけど、どうして俺のことを知っているの?」
「そりゃあ、桃太郎さんは今や有名人ですから」
俺の質問に答えたのは猿の方だった。彼はヘラヘラした態度のまま、自信ありげに話し始める。
「桃太郎さんが、森の中で鬼を退治したという話は森の外にまで広まってるんですよ。これまで、多くの者が太刀打ちできなかった鬼に対して、ようやく希望の光が見えた。森の外では密かにそんな噂で盛り上がっているんです」
「いつの間にそんな噂が……一体誰が?」
「さあ? 俺も具体的に誰からの情報かということは知らないですけど、まあ、噂というのは自分の知らないうちに広まっちゃうものなんですよ」
けへへ、なんて笑っている猿は全く悪びれる様子もなくそう言った。勝手に噂が広まってしまっている俺のことはあまり考えていないらしい。
まあ、噂が広まってしまっているのは仕方がないことなのだろう。森の中には俺が出会っていないだけで、多くの生き物が住んでいる。彼らには彼らなりのネットワークがあるんだろう。多分。狐が広めていないことだけを願おう。
「それで、俺と一緒に鬼退治をしたいと」
「はい! ぜひお供させてください!」
キジはまた元気よく答えた。翼をばたつかせながらなんとか必死さを伝えようとしている。宙に浮き、俺の目線の位置にまで来ようとしている。彼が羽ばたく度に羽が飛び散る。
「それは、分かったから。一体なんで?」
俺はもう一度、興奮しているキジを落ち着かせる。キジはばたつかせていた翼を止めた。
「……僕の弟たちががいつも怖がっているんです。『いつもどこからか鬼の足音がしてくるようで怖くて眠れない』と。僕、そんな弟たちの姿を見るのが嫌で」
「だからってキジ君が行く必要は無いだろう?」
「え? そうですか?」
キジはそんな考えは無かったと言わんばかりに驚いていた。
後ろで見ていた猿が笑い出す。
「桃太郎さん、こいつはそんな考え浮かぶやつじゃないんですよ。自分で心に決めたことは自分で解決しないと気が済まない奴なんです」
猿はキジの行動がよほど面白かったのか、ずっと笑ったままでいる。無鉄砲なキジと、そのキジを後ろからにやにや見つめている猿。何だかあまりいいコンビのように見えなかった。キジは俺からの質問を頭の中で繰り返しているようだったが、やがて答えが出たらしい。
「とにかく、一緒に鬼退治に連れて行ってください!」
もうあっけにとられるしかなかった。キジの目は最初の時と変わらずに輝いたままでいる。その目で見つめられてしまうと、何だか心苦しい。
「モモ、どうしよう?」
答えに困った俺はモモに助けを求めることにした。相当情けない声を出してしまったと思う。モモは二匹のことを怪しい目つきで見つめている。
「鬼退治に行きたいという熱意は伝わるんですけど、本当に大丈夫な者なんですかね? 特にあの猿、怪しいです」
モモは猿のことを指さす。猿はモモに名指しされても、へらへらしたままだ。
「俺ですか? ひどいなあ。俺全く怪しい者じゃないですよ。むしろ誠実すぎて困っているくらいなんだから」
「そういう態度が怪しいんですよ」
モモは猿に対して嫌悪感丸出しだ。俺はもう一度キジの方を見る。キジはモモと猿の間に挟まれながら、事態がどのように収束されるのかはらはらしながら眺めていた。なんだか、仲間にしてもこれでいい関係になるのか若干不安になる。
――キジには申し訳ないが断ろう。
これは鬼退治だ。命と命の駆け引きだ。お遊びではないんだ。そうはっきりとキジに言おう。
しかし、俺のこの選択は聞き覚えのある声によって一蹴されることになる。
「連れて行けばいいじゃない」
声の方に振り向く。そこには女神がいた。彼女はまたよく読み取れない表情をしながら、俺たちのことを見つめていた。




