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3話 女神さまに気をつけて

 その夜、俺はどうにも眠ることができなかった。空には月が煌々と光って、夜の森を照らしてくれていた。俺はそんな月を眺めながら岩の上で考えに浸る。


(女神さまにはお気をつけて……)


 狐が最後に伝えた言葉がまだ俺の心になかに引っかかっていた。

 なんとなく心の中で思っていたことではあったんだ、俺はどこまで女神のことを信用していいのだろうかと。突然俺の前に現れて「この世界の管理者」なんて言いながら、俺に鬼退治をするように言い放った。おじいさんやおばあさんが信仰していたから、なんとなくその存在を受け入れることもできたが、改めて考えてみると怪しい。


 鬼は確かにこの世界の中で人々を苦しめている。でも、外の世界の俺が鬼を退治するっていったい何なんだ?


 ここに来るまでだっていろいろなことが〈うまくいきすぎている〉。


「どうかしたんですか?」とモモが訊ねてきた。一緒に岩の上に座る。

「ごめん、起こしちゃった? なんか眠れなくなっちゃってね」

「なにか考え事ですか?」

「どうしてわかるんだ?!」

「だって桃太郎さん、狐さんと別れてからずっと浮かない顔をしていましたから」


 俺は自分の顔を引っ張ってみる。そんなに変な顔をしていたのか。平然を装っていたはずなのに、案外俺はそういうのがへたくそなようだ。


「それで、狐さんに何か吹き込まれたんですか?」

 俺はモモにこのことを話すか悩んだが、結局言うことにした。俺たちの間にはあまり秘密とかそういうのは抜きにして起きたかった。


「女神さまに気をつけて、って狐に言われたんだよね」

「女神さまをですか? どうして?」

「それが狐は理由までは教えてくれなくてさ。それで俺もどういうことかなって考えていたら、なんかいろいろ思い当たる節が出てきちゃってさ」


 モモは怪訝な顔をした。


「それどういうことですか?」


 モモがそんな反応を見せるとは思っていなかったので、俺は若干ひるんでしまう。俺は言葉を選びながらモモに説明をする。


「ほら、なんか、あまりにも物事がうまく進みすぎている気がするなって思ってな」

「そうですか?」

「俺の場合、突然女神さまを名乗る少女が現れて、鬼退治をするように言われたんだぜ? それでいざ鬼退治に出かけたら、森の中に女神が厄介に思っていた男がいたり、モモがその男に捕まっていたしさ」

「私が捕まっていたのは女神さまのせいだと?」

「そういう訳じゃないけど、なんていうかここまでとんとん拍子で物事が進むものなのかな」


 モモは少し考えているようだった。


「だから、女神さまを信じるのは気を付けた方がいいということですか?」

「信じるなってことじゃないけど、女神さまの言うことをどこまで信用したらいいのかは考えた方がいいんじゃないのかな」


「でも、仮に信じないことにするとして、桃太郎さんにいったい何ができるのですか?」

「え?」

「女神さまは桃太郎さんを使って鬼退治をしようとしている。そして、桃太郎さんはもうその流れの中に組み込まれてしまった」


 そして私も、とモモは小さくつぶやいた。モモの推理はまだ続く。


「その状況の中で桃太郎さんが女神さまに抗う方法って、はっきり言ってほとんどないと思うんです」

「本当にはっきり言うな……」

「まあ、親友ですから」


 モモは厳しい事を言う割に、表情はにっこりとしていた。

 モモの言うことは結構厳しいことだったが、正直それが本当のことでもあった。俺は気が付かない間に大きな流れの中に組み込まれてしまったらしい。女神が作り出した大きな流れの中に俺はいる。


「……別に私はこれでもいいと思うんですよね」とモモは言った。


 モモは少し俺に近づいて、肩の上に頭を乗せた。


「女神さまがどういう思惑があるのかは分かりませんが、女神さまのおかげで私たちはこうやってこの世界で一緒にいられています」

「それは確かに……」

「私、本当は悔しかったんですよ? みんなからいじめられている太郎さんを置いて死んで行ってしまうのが。本当はもっと一緒にいて太郎さんを守りたかったのに」


 モモは顔を上げて俺の目を見つめた。


「だから、私は、どんな形であれ私の願いはかなえられたんだなって思っています。そりゃ最初は記憶も曖昧だったりしましたけど、今はこれが私の願いだったんだってはっきり思うんです」


 自分の思いを打ち明けるモモの顔はこれまで見た中で一番晴れやかだった。迷いのない、純粋な表情だ。俺はモモの頭を撫でてやる。昔までやっていたように。


 女神に対する思いはこれからも残るのだろうが、とりあえず今はモモと一緒にいるこの世界を歩むしかない。少しだけど気持ちは整理された気がした。


 夜はまだ長い。月は少しその位置を変えながらも夜の森に光を落としていた。 

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