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44話 これからのこと

「私はこれからのことを話したいです」


 そう言ってモモは俺の顔を覗き込んだ。モモの目は男と一緒にいた時とは全然違う輝きを放っていた。しっかりと前を見ることができる、強い光がそこにはあった。


「まず、私はあなたのことをなんて呼べばいいんでしょう?」とモモは訊ねた。「

『桃太郎さん』がいいんですかね? それとも昔みたいに『太郎さん』って呼んだ方がいいのでしょうか?」

「待って、モモ」

「はい?」

「お前、前の世界の事、ちゃんと覚えているのか?」

「はい。ちゃんと思い出しましたよ」


 涙が出そうになった。心の中では少し怖かったのだ。もしかしたら、モモは完全には俺のことを覚えていないのかもしれない。一生懸命になっていても、どこかですれ違いが起こってしまっているんじゃないかと疑ってしまう時があったのだ。


 モモはそんな俺の横でのんきに、俺の呼び名を考えていた。桃太郎、太郎、桃さん、タローさん……いろいろ適当に俺の名前を改造しては、ああでもない、こうでもないと頭を悩ましている。いろいろと考えた後、ようやく俺の呼び名を決めたようだ。


「決めました。これからは『桃太郎さん』って呼びますね」

「昔の名前はもういいんだな?」

「だって昔は昔じゃないですか。私たちはお互い新しい今を生きているんですもん。それに、名前が変わっても関係は変わりませんから」


 モモは優しい笑顔をしていた。重い荷物をすべて吐き出した後のようにすっきりとした表情だった。


「まあ好きにしてくれていいよ。俺もこの名前に呼ばれ慣れたからな」


 俺もモモに名前を呼んでもらえるなら、呼び名なんてどうでもよかった。モモの言った通り、姿は変わっても俺たちの関係は変わらないんだ。俺とモモは前の世界でも、この世界でもかわらずに親友だ。どれだけ離れていたってこうしてもう一度巡り合えた。そんな関係の前では呼び名なんてたいして大きな意味はないんだ。


 モモは俺の呼び名を決めると、俺の顔をじろじろ見ながらにやついていた。


「な、なんだよ。なんか顔についてるのか?」

「いいえ~、ただちょっと嬉しくなっちゃったんです。昔はどれだけ仲が良くてもちゃんとした言葉じゃ繋がれなかったじゃないですか。でも、今はこうして普通に会話ができている。そう考えると嬉しくて」


 モモは恥ずかしそうに笑った。まだ傷が残っている顔だったが、頬を赤らめてしまうとそんなもの全然気にならなくなった。モモは俺の頭を軽くなでる。


「これからはたくさんお話ししましょうね」

「まずはこの体を回復させなくちゃな。これじゃあ、話すだけでも疲れてしょうがない」


 そうですね、なんて言いながらモモはまた笑った。これまでの時間を取り戻すかのように、モモはずっと笑っていた。失われた時間を巻き戻すことはできないけれど、失ったものを取り返そうとすることはできる。モモはこれから俺と一緒にたくさんの時間を取り戻していくんだ。


 俺はしゃべりつかれてしまったみたいで、気が付いたらまた眠っていた。


 

 そうした日々を何日か過ごして、ようやく再び旅立てる時がやって来た。


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