43話 目が覚めたんですね
目を覚ました時、体はまだひどく疲れていた。
倒れてからどれくらい時間がたっていたのだろう、体の重さがとれていなことから考えると、そうひどく長い間眠っていたという訳ではない気がする。
俺は小屋の中のベッドで眠らされていた。首だけ動かして部屋の中の様子を眺めてみる。部屋の中は散らかっている、というよりもひどく荒らされていた。男とモモが住んでいた家なのだろう。荒らされた部屋でも、所々から先日まで生活をしていた痕跡が見受けられた。
体を起こそうとしてみるが、首から下は関節ひとつ動かそうとするたびに悲鳴を上げてその筋を拒絶する。体が悲鳴を上げるごとに一緒に俺も悲鳴を上げる。力を使うことの代償はやはり並大抵のものではないようだ。
お腹がすいた。よく考えてみると、おばあさんの団子を食べて以来何も食べていなかった。鬼と戦っていた時はそれに夢中で特に考えてなどいなかったが、落ち着いてしまうと忘れていた感覚が一気に押し寄せてくる。空腹で頭が痛くなりそうだったが、気持ちを紛らわそうにも体を動かせないのでどうしようもない。俺はただじっと感覚が消えていくのを待った。
モモはいったいどこにいるのだろう。部屋の中には俺以外の人がいる気配は感じられない。
「モモ」
試しに部屋の中で呼びかけてみる。返事はない。それほど大きくもない俺の声が、空虚な部屋の中に吸い込まれていく。その静けさに耐えられずもう一度声をかける。やはり返事はないままだ。
じっと天井を眺める。それ以外にすることがないからだ。だんだん自分がその天井に飲み込まれて行ってしまうんじゃないかという感覚に襲われる。この空間の中で俺は家具の一つとして消えてなくなってしまうんだ。孤独と空腹にさいなまれた俺の頭は、こんなバカみたいな考えを振り払う力をもう持ってはいなかった。
しばらくの間天井と交信をしていると、外から足音が聞こえてきた。俺は天井に向けていた全神経を耳に集中させる。かすかだが、こっちに向かってきている音だ。音は少しずつ大きくなってきている。こういう時に、こういう能力は役に立つ。
「あ、目が覚めたんですね」
足音の主は小屋に入って来るなりそう言った。声のする方に顔を向ける。モモだ。手に木の実を抱えている。どこかに収穫に行ってくれていたのだろう。
「あんまり長いこと眠っていたので、もう目が覚めないかと心配しちゃいましたよ」
モモは笑いながらそう言って木の実を机の上に置いた。何か飲みますか? と聞きながら小屋の中を我が物顔で歩き回っていた。
「俺はどれくらい眠っていたんだ?」と俺は訊ねた。思った以上にうまく声が出なかった。のどがガラガラだ。
「二日くらいですかね」
「そんなにか?!」
「そうですよ。あまりにも動きがなかったので死んでしまったのかと思ったんですから」
モモが水を持ってきてくれた。受け取りたかったが手を動かそうとすると、やっぱり体が悲鳴を上げた。情けのない声が出る。モモは笑いながら水を飲ませてくれた。二日ぶりに飲む水は冷たくて、体の渇きを潤してくれた。
モモは木の実も食べやすい大きさに砕いてくれた。動かない体で食べるのはなかなかに苦戦したが、それ以上に食欲が勝った。空っぽだった体に少しずつ力が戻っていくのを感じる。ゆっくりと食べ物を体の中に吸収させていく。木のみを全部食べ切って、ようやく落ち着くことができた。頭も何とか働きそうだ。
「あいつは、あの男はどうなったんだ?」と俺はモモに訊ねた。
「彼なら女神さまが連れて行ってしまいましたよ」
「モモ、お前、女神の姿が見えるのか?」
「ええ、あの時に初めて会いました。自分のことを『女神さま』と言うなんて面白い方ですよね」
モモは女神のことを思い出して笑っていた。モモが女神の姿を見ることができたことに驚いたが、よく考えてみれば、モモも女神が転生させたのだ。「自らが介入したことのある生き物にだけ姿を現すことができる」という女神の規則はここでもしっかり守られていた。
「もうあの人のことはいいんです」とモモは言った。
「私はこれからのことを話したいです」
そう言ってモモは俺の顔を覗き込んだ。何やら大事な話があるらしい。




