42話 何突っ立っているのよ
男は突然俺の後ろを指さして叫んだ。目を大きく見開き白目をむく。
「お、おに、お、」
そう何度か呟くと男はそのまま気を失ってしまった。あまりに恐怖に襲われていたのだろうか、口からは軽く泡が吹き出していた。
俺は何が起こったのかよく分からなかった。後ろを振り向いてみる。そうするとそこには女神が立っていた。
「おつかれさま」と女神は言った。
「いつからいたんだ?」
「別にずっとここにいたわよ。姿を見せたのはついさっきだけど」
女神は静かに微笑んでいた。いまいち表情が読みにくかった。
「今、男が叫んだ原因ってお前なのか?」
女神はとぼけた顔をした。
「まあ、私なんじゃない? 姿を見せた後に叫んでたしね」
ということは、男はこの少女を見て叫んだということなのだろうか。この、どこから見ても危害を加えなさそうな少女に対して。
「私はね、その人の見たい姿で現れるのよ」
女神は俺の考えを読んでいるかのように笑いながら言った。俺はそれに対してもう少し突っ込んで聞きたかったのだが、女神はすぐに手を叩いてそれをさえぎった。
「さあ、ここからは私の仕事」
そう言って女神は男の方へ近づいた。
俺は言葉が詰まってしまった。女神の正体とは一体何なのだろうか、俺の目に映っている女神は、モモの前でどんな顔をしているんだろうか。頭の中がこんがらがっていく。もともと疲れて、上手く働かなかった思考回路が完全にショートし始める。
「ほら、何突っ立っているのよ」
そう言って女神は後ろを指さした。指の先にはモモがいた。彼女は今も、最初の位置から変わらずにそこに立ったままでいた。その表情は、まだ目の前で起こっていた出来事が整理出来ていないようだった。
俺は刀に付いてしまった男の血をはらい、鞘に収める。そしてモモの元に歩いていこうとした。しかし、男の決着が終わった安心感からか、うまく体の力が入らない。真っ直ぐ歩いているはずなのに視界が右へ左へと揺れていく。右足を前に出せば左足の力が抜け、それを何とか踏ん張ると今度は左足の力も抜けていく。何とか視界にモモを捉えながら、前へ進もうとする。しかし、視界からモモが消え、正面に地面が現れる。全身の力が抜けていく。
俺は何とか地面に倒れこむ手前でとどまることができた。温かい手が俺の体を包み込んでくれている。感触だけで誰だかわかる。
「モモ」と俺はつぶやいた。
「もう、無茶しないでください」
「……ごめんな」
それだけ言うと俺は意識を失った。ここまでくればもう安心だ、そんな風に思ったのかもしれない。あまり多くのことを覚えているわけではないが、確かなことは、モモのぬくもりの中はどこまでも温かく、安心できたということだ。




