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41話 人間の無力さ

「桃太郎くんよ、君はさあ、人間の無力さってのは実感しているか?」

「え?」


 突然の男の言葉に俺は思わず問い返してしまった。男はそんな俺の顔を見て笑った。さっきまでの恐怖の表情はどこかへ飛んで行ってしまっている。この男、やはりどこかおかしい。


「俺はなこの目ではっきりと見たんだよ。鬼の前にどこまでも無力な人間の姿ってのをよ。あれも思い返してみるとずいぶん前のことになるんだよな、懐かしいよ。俺が昔住んでいた小さな集落にな、一人の勢いだけいっちょ前な青年がいたんだ。長老の息子とか何とかで将来も期待されている、なかなかいい男だったよ」


 長老の息子という言葉で、俺は長老の言葉を思い出した。「せがれは死んだ」とあの時長老は言っていた。きっとこの男の言っている人物がその人のことなんだろう。


 男は喉元に刀を突き付けられていることを気にしないかのように姿勢を正し始めた。ゆっくりと体を起こし、胡坐をかく。


 俺は男が変に動けないように刀を離さないようにしっかりと彼の喉元に押し付けておく。刀は少しだけ男の喉にかすり、その傷跡から血がうっすりと垂れる。男は痛みを顔に出すことなく不気味な笑みを浮かべていた。その目は黒くなりながら俺のことをただじっと見つめている。完全にイってしまっている。


「その青年がなついに鬼退治に出かけたんだよ。自分の使命だとか言ってな。誰にそそのかされたんだか知らねえがな。長老は大反対してたらしいが結局行くことにしたらしい。集落の人間には特に話さなかったらしいが、鍛冶場で仕事していた俺には声をかけてきたんだよ。最高の武器をくれ、ってな」


 男の血が服にシミをつける。そんなこと気にしないといった態度で男はなおも話し続ける。


「俺はその時作れる最高の武器と防具を作ってやった。自分で言うのもあれだが、間違いなく最高傑作だったよ。猛獣相手には絶対負けないくらいの鋭さと強度をもった防具と武器。あの頃の俺は、この最高傑作をつけて1人の青年が戦ってくれると考えて目を輝かせていたもんだ」


「でもよ、その結果帰ってきたのは、真っ赤な血に染まった防具だけだったよ。防具と言うよりはもう鉄の塊と言った方が近い状態だったがな。あの真っ赤な鉄塊を見た時に俺は悟ったね。ーー人間の力じゃ鬼には勝つことは出来ないーーってね。それから俺は鬼の力に頼ることにした。人間の力じゃ鬼には勝てない。だったら鬼の力にすがって生きていくしかないじゃないか。」


 話すうちに男の言葉の勢いはどんどん強くなっていく。目はどこか空間を見つめていた。


「森の中で鬼に出会った時は感動したなあ。あの巨大な肉体、人間じゃ絶対に扱えない武器をいとも簡単に使いこなしてしまうんだ。あいつらに俺の武器を使ってもらえると思うと感動が止まらなかったよ。こんなにも鬼の力とは強くて美しいものかと魅力された」


「でもその鬼はもう死んだぞ?」と俺は言った。「目を覚ませよ」


 どこか宙を見ていた男の視線が俺の元に戻ってくる。


「ああ、そうだよ。鬼は倒されたんだよ。人間の手によって!」


 男は叫んだ。広場に声が響く。


「ついに、この時が来たんだ。なあ、桃太郎君よ、俺に武器を作らせてくれよ。あんな雑魚青年には勿体なかった武器も防具も全部俺が作ってやるよ。モモだってすきに使えばいい。俺は、もうお前の力の一部だからな。なあ、なあ!」


 男の目は完全におかしくなっていた。刀を手でつたいながら俺に近づいてくる。血が出ようが関係ない。痛みよりももっと大きな感覚が男を支配しているようだった。


 血だらけの男の手が俺の裾を触れる。確実に距離が詰まっている。予想以上に男の力は強い。振り払おうにも鬼との戦いでの疲れがここに来て重くのしかかる。


 男の顔が俺のすぐ近くにまで来た。男は完全に狂気に支配されていた。荒く息を吐きながら俺の顔を舐めまわすように見ている。


しかし、ふと男の目が外に移った時、彼がついに発狂した。

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