38話 作戦会議
男の家の前についた時、あたりはまだ暗いままだった。鬼と長い間戦っていたような気がしていたけど、まだ夜が明ける様子はない。俺たちはもう一度男の家の前の広場に落ち着き、一旦茂みに隠れて作戦会議をすることにした。俺としてはすぐにでもモモを助け出しに行きたかったのだが、女神の言うことを聞くことにした。それに、ここまで止まらずに歩いてきた体を一度落ち着けることも大切だった。
腰を下ろすと、体中の力が一気に抜けていくのが感じられた。鬼との戦いの中で使った筋肉たちが悲鳴を上げている。もう一度立つことができるのか不安になるほど、俺の体はのろくなっていた。掴んでいる鬼の首が嫌な重量感を腕に伝えていた。
少しぼんやりとする頭を持ち上げて、男の家を眺める。あと少しでモモを取り返すことができる。その高揚感が俺の思い瞼を何とか持ち上げていた。
「さて、これからのことだけど、」と女神は言った。
作戦会議の始まりである。
「あの男からモモを取り返す。それだけだろ?」
「ばかね」
女神は静かにどなった。
「そんな勢いだけで動かないでよ。これはあんただけの問題じゃないの」
女神はぶうぶう言っているが、正直今の俺の頭じゃ難しいことは考えられそうになかった。モモを助けるということを考えるので精いっぱいで他のことはあまり考えられない。
「じゃあ、どうすればいいんだよ」と俺はあくびをしながら言った。
「簡単に頼むぜ?」
女神は一度ため息をついた。それから簡単な言葉を選ぶように説明を始めた。
「守ってほしいことは一つだけ。あの男を殺さないこと。それだけよ。」
「ダメなのか?」と俺は訊ねた。
「当たり前でしょ。あの男には聞きたいことが山ほどあるの。人間のくせに鬼なんかとつながりを持って。そのまま死なすなんて絶対に許さないんだから」
分かったよ、と言いながら俺は伸びをした。定期的に伸ばさないと体の節々がそのまま固まってしまうのではないかと感じられた。地面に置いた鬼の首は今も目を見開いたまま俺の方を見つめていた。俺は首の向きをそっとずらす。
男は殺さずに、モモを取り返す。なんとか頭の中で理解できた。作戦会議終了だ。
「じゃあ、行こうぜ」と俺は言った。
休憩時間は終了だ。難しいことは考えずに、一刻も早くモモを救い出したかった。もう一度鬼の髪をつかみながら首を持ち上げる。なんだかさっきよりも一段と重くなっているような気がした。女神もうなずきながら立ち上がる。俺よりも後に立ち上がり始めたはずなのに、女神の方が早く立ち上がり終えた。よほど俺は体の動きが重くなっているらしい。
ゆっくりと立ち上がっていると、男の家から大きな物音がした。
なにかが強くたたかれたような打撲音、それに付随するように起こる破壊音だ。俺は体を思い切り動かしながら立ち上がる。そのまま鬼の首を握りしめたまま男の家の方に駆けだした。何かはわからないが緊急事態が起こっている、モモが関わっている。それだけが確かにわかった。走り出すとさっきまで重かった足も俺の意志についてきてくれた。
もう一度破壊音が鳴る。木が砕ける音だ。家の中で闘争が起こっている? 俺の思考が様々な嫌な想像を湧き立てる。
広場を駆け抜け、男の家が大きく見えた時、家の中から叫び声が聞こえた。男の声じゃない、モモだ。
それと同時に扉が勢いよく開いた。




