4話 この世界には奴がいる
あれから1年の時がたった。俺はこの世界で二度目の秋を迎えようとしていた。
俺は異様な速さで成長をしていきながら、この世界になじんでいった。まるで世界が俺のことを急かしているようだった。生まれたての体だったはずの俺は、今では死ぬ前の体型とほとんど変わらない体へと変貌している。最後の健康診断で測った時は身長185センチ、体重80キロ。おそらく今もそれくらいまで成長しているのだろう。
1年間生活していく中で、少しずつこの世界のことがわかってきた。まず、この世界はやっぱり日本であるということ。日本語が通じるし、文字だって日本語で書かれている。しかし、俺がこれまで住んできた世界よりももっと古い時代らしい。スマホはもとより、電子機器の類は一切存在しない。服装はみんなだいたい木綿の服を着て(今の俺もそうだ)、おじいさんは柴刈りに、おばあさんは川まで洗濯に向かわなければいけない、そんな世界だ。生活はどこまでも穏やかで、その日一日を大切に過ごすために時間を使って生活している。
俺たちが住んでいる家は、山の中腹にひっそりと建っている。山のふもとまで下りていけば小さな集落が存在していたが、おじいさんたちは、余りふもとへ降りていくことはなかった。それでも、山の中でおじいさんとおばあさんは毎日仲良く暮らしていた。そして、それは俺が生まれてからも変わっていない。たまに集落から人々がやってきては世間話なんかもしている。俺が生まれてからは、俺の姿を一目見ようと多くの人が家まで駆けつけるようになった。
俺のうわさはすぐに広まった。桃から突然誕生した男の子、そりゃあ話題性抜群だ。それにおばあさんは俺のことを「女神様からのお召し物」だと本気で信じているので、少しでも多くの人にこの奇跡を知ってもらおうと、来る人来る人にその時の話を繰り返した。さらに、俺の異常なまでの速さの成長も加わって、俺の存在は何やら神聖化されているらしい。家に訪問してきた人たちから、俺はかわいがられるというよりかは、うやうやしい扱いをされることが多くて、何だか歯がゆかった。
この世界ではやはり多くの人が女神さま、とやらを信仰しているらしい。昔話の中にはなかったことだ。歴史の教科書にもそんな話は載ってなかった。一度だけ、女神がどういう存在なのかおばあさんに聞いてみたことがあった。
「そりゃあ女神さまは神聖なお方じゃよ。私たちの目には直接は見えないが、必ず私たちのことを見つめていてくれて、導いてくださるのじゃ。女神さまが守ってくださっているから、この世界も守られているし、鬼たちの進行も食いとどめられているのじゃ」
なにやら、それが女神である必要はあまりないように思える。他に神でもいいような気がするが、とりあえずこの世界は女神さま、とやらが守ってくれているらしい。まあ、俺みたいな特殊な存在がいるのであれば、女神の存在だっていてもおかしくはないだろう。
それから忘れてはならないのは鬼のことだ。昔話の「桃太郎」の世界と、この世界ではいくらかの違いあった。しかし、鬼がいることはおんなじだ。この世界は人間だけの世界ではない。この世界には奴がいる。はっきりとした「バケモノ」としての鬼が人間たちを脅かしていた。人間たちは彼らのことを恐れて生きていかなければならない。
「鬼は我ら人間を都合のいい食い物としか思っちゃいねえ。たまに気まぐれのように現れたかと思えば、俺たち人間から食い物やら衣服やら、大事な物を奪っていく。……思い出したかねえが、人間の娘をさらっていったこともあった。彼女はちゃんと生きているのかなあ。あいつらは俺たちの敵だ。だが、どうすることもできねえのさ」
ある日、訪ねてきた一人のおじさんが涙ながらに、俺に鬼のことを教えてくれた。人に危害を成すバケモノ。弱いものを食い物にするバケモノ。俺はその話を聞いた時、体が熱くなるのを感じた。どうしても鬼たちのことが許せなかった。でも、どうすればいいのか俺にもわからなかった。ただもどかしさだけが急速に胸の中に積もっていった。
俺はこの世界について多くのことを知り、体も頭も大きく成長した。でも、この世界で何をして生きていけばいいのか、それだけはわからなかった。力だけが有り余っていく。
女神が実際に俺の目の前に現れたのは、ちょうどそんな時だった。
「天気の子」を見てきました。モチベーション上がりまくりです。