36話 気味悪い顔をしてるのね
「お疲れさま」
女神が鬼の体の横にしゃがみながら声をかけてきた。何やら鬼の体を観察しているようだ。この世界の管理者であっても鬼の死体は珍しいものなのだろうか、一つひとつの箇所を見逃さないように凝視していた。
「突然いなくなっちゃって悪かったわね」女神は立ち上がりながら言った。
「女神さまが謝るなんて珍しいな」
女神は鬼の体を離れて俺の方に近寄って来る。
「まあ、今回に関してはいきなり鬼と戦わせちゃったからね。鬼退治を頼んでおきながら何も手助けせずにやらせるのはさすがに悪いと思うでしょ」
これでも女神さま、ですからね、と女神は胸を張って言った。せっかくいいことをしてもこういうことをしてしまうから評価が下がってしまうんだ。
女神は俺の方に近寄ると、鬼の首をじろじろと見つめていた。
「なんだか気味悪い顔をしてるのね」
女神は吐き捨てるように言った。その声には鬼に対する嫌悪が込められていた。
「この部屋どうするんだ?」
俺は悪臭立ち込める部屋を見渡しながら女神に訊ねてみた。鍛冶場としてはここはあまりにもひどい部屋だ。あたりがこん棒で穴だらけになり、血が床に飛び散っている。そして何より、巨大な鬼の死体が部屋の中央で異様な存在感を放っている。鍛冶場というよりかは、巨大な鬼の墓場と言った方がいいのかもしれない。
「そのままにしておけばいいんじゃない?」と女神は言った。興味がないといった感じである。
「鬼の体はこの中で腐ってなくなっていくだろうし。そもそもこんな巨大な死体を掃除できるわけがないじゃない」
確かに、ごもっともである。
俺たちは鬼の死体を背にしながらこの部屋を出ることにした。持ち帰るものはたくさんある。鬼の首、鬼退治のための刀、男と鬼とのつながり……そして何より、モモについての情報を得ることができた。モモはやっぱりあの男に不当に支配されていた。男のことが許せない。鬼の力にあやかってモモを恐怖で支配していた。人間の所行ではない。あいつは鬼にひれ伏すだけでなく、魂まで売ってしまっていたということだ。
部屋の扉を閉め、鬼をその中に封印する。おそらく、もう誰かがこの中に踏み込むことはないだろう。首のなくなった鬼はその哀しい姿をさらしながらゆっくりとこの墓の中で眠るのだ。
俺たちはその墓場を背にしながら、外に向かって歩き出す。体がひどく重かった。鬼の首の重量だと言うこともできるだろうが、体中をひどい疲労感が襲っている。今更になって反動が一気に体にやってきたようだ。
でも、このまま押しつぶされるわけにはいかない。一刻も早くモモをあの男から解放してやらなければいけない。あの男の恐怖からモモを救ってあげないといけないんだ。
俺は重い足を何とか持ち上げながら一歩ずつ前に進んでいく。松明一つ一つを次の目的地にしながら足を前に進ませていた。




