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34話 なんで助けなかったんだ?

「あいつはほんとうに運の悪い女だったよ。身体能力はあるんだろうけどな、なんたってグズだったのが彼女の一番の不幸だよな」


 鬼は一呼吸置いた。


「あいつは俺とあの男(俺は人間と呼んでいたからその名前で進めるぞ)で一緒にここにいた時にたまたま迷い込んできてしまったんだ。たしか土砂降りの日だったんだよな。まあ、この奥まで入ってこなければよかったのに、そこはあいつのグズなところなんだろうな。それであの扉を開いてしまった。その先に見えたのはあの人相の悪い人間と、この俺なんだろうから驚いただろうな。俺たちと目があってしまったあいつは足がすくんでしまって動けなくなっていた、逃げればいいのにな。そのせいであいつは人間につかまってしまったというわけだ」


 鬼はせき込みながらガラガラになった声を整えている。鬼がむせるたびに生臭い匂いが立ち込めて不快な気分が増幅される。結局ガラガラのままの声で鬼はまた話し始めた。


「あの人間は鬼のような心を持ったものでな、あの女を捕まえてから、可愛がっていたようだ。次に人間があいつをここに連れてきたときには、すっかり恐怖で支配されていたよ。人間のいいおもちゃとして作り上げられてしまったというわけだな。人間はいろいろな無茶な命令を下していた。森の中に迷い込んだ人間を襲ってこいだとか、俺と無理やり戦わせようとしたときもあったな。――もちろん、俺はやらなかったぞ――とにかく、あの人間はなにかしら自分の欲望を満たすためにあいつを使いつくしていたというわけだ」


 鬼はそれだけ言うと喋るのをやめた。もう喋ることは全部喋ったぞという意思表示のようだ。


「なんで助けなかったんだ?」


 俺は訊ねた。自分の声が震えているのがわかった。刀を持つ手が力んでいる。頭の中が熱い、くらくらしそうだ。


「そりゃ、そこまで介入する意味がないからだ。俺と人間の間で取り交わされた契約は、力を与えて住居と武器をもらうことだけだからな。それ以上人間のすることに介入する役目は俺には与えられていない」


 さあ、早く刀を抜いてくれよと鬼は言い始めた。


 どれだけガラガラの声になっても鬼は生き残ることを考え続けているようだ。両手を失い首に刀をめり込まされているというのにいったいどこにそんな力が出てくるというのだろうか。気色が悪い。


「なあ、鬼っていう生きものは両手が切り落とされても大丈夫なものなのか?」


 鬼は笑いながら答える。


「鬼の生命力をなめちゃいけないぞ。時間はかかるだろうが、生きている限りは傷ついた部分は必ず再生するようにできているんだ。こうしているあいだにも着実に体の中の細胞が回復をするために働いている」


 鬼が何としても生き残ろうとしている理由、そして謎の自信はここからきているようだ。生きている限り鬼は何度でも再生して力を取り戻す。そして、再び力を取り戻した時点でもう一度人間のことを襲い始める……。


 そうか、と俺は短く吐き捨てる。


「それなら、二度と力を取り戻せないようにしないといけないな」

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