32話 鬼の戯言
俺があの男――たしか「ひびき」とかいう名前だったかな――と手を組んだ理由は簡単なことさ。あの男が俺にひれ伏して来たのさ。俺とどうか手を組ませてほしいってな
その時俺は森の中を歩いていた。俺はあまり群れるのが面倒くさくてね。一人でぶらぶらと森の中を歩いていては自分好みの食べ物を物色していたという訳さ
おい、そんな急に刀に力を籠めないでくれよ、まだ人間には害を与えていないじゃないか。
……森の中じゃ、鬼が現れたら何かを与えるというのは自然の流れみたいなもんなんだよ。それぞれの生き物が、その生き物として生まれた使命を全うする。俺はそれが鬼として、生きるということだっただけだ。
とにかく、その森の中で俺はあの男と出会ったわけさ。
俺は驚いたよ。まさか森の中で「人間」に出会うなんて思ってなかったからな。ただ、その時本当に驚いたのは、あいつの目の輝きようだな。人間にとっちゃ俺たちなんて恐怖の存在なはずなのに、あの男ときたら、俺と会ったとたんに目の色輝かせてやがるんだ。本当気持ち悪かったぜ。
それからあいつはすぐに俺の前にひれ伏した。人間にひれ伏されるのは慣れっこだったが、あいつのは今まで見てきたそれとは明らかに意味が違っていた。
「あなた様の力に魅了されました。あなた様と手を組まさせてほしい」なんて言い出してな。
あいつが言うには俺らを退治しに出た者が跡形もない姿で帰って来たのを見て、俺たちの力に魅了されてしまったらしい。
もちろん、危ない奴だと思って相手にしないようにしようと思ったぜ。俺は面倒ごとは背負いたくないからな。――人間を襲うのだって、そうしなければ俺らは生きていけないからだ。それだけはわかってくれよな――。
でも、その時の俺にはどうしても住居が必要だったんだ。詳しく話すと長くなってしまうんだが、元の居場所からだいぶ離れたところに来てしまっていてな、どこかに腰を据える場所が欲しかった。
だから俺は奴の提案を飲んでやることにした。
あいつは俺に武器と居場所を提供し、俺はあいつが求める力を見せつけてやった。自分が作った武器が、人間ではなく俺のような鬼に使われているのがとてもうれしかったみたいだ。毎日目がおかしくなっていたぜ。俺はあいつの要求通りにつくられた武器を振り回しあ血うには持つことのできない力を見せてやった。実用性もなくただ武器を振り回しているだけでわいわい喜んでいるんだ、本当馬鹿な野郎だったぜ。
……これが、俺と男のすべてだ。
分かってほしいのは、俺はあいつと繋がりこそしているが、それをもって人間に狼藉を働いてはいないということだ。まあ、あいつの頭の中にはそういう考えもあったのかもしれないがな。
とにかく、これが俺とあいつとの関係のすべてだ。
だからよ、その刀を早く外してくれないか?




