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29話 傷だらけの戦場

 鬼は一瞬にっと微笑むと、右手に持っていたこん棒をこちらに振り下ろして来た。鬼の叫び声が一緒に部屋の中に鳴り響く。俺の周りに大きな影ができる。


 俺は走ってその位置から離れる。


 こん棒は床を打ち砕き、あたりにがれきが飛び散る。鬼は舌打ちをしてそのこん棒を持ち上げ、もう一度俺の位置を確認してこん棒を振り下ろす。俺は同じように走って逃がれる。こん棒は一回目よりも深く床にめり込んでいた。


 のろい。動きも単調だ。


 しかし、一発でも当たってしまえば、体はただの肉の塊となってしまう。心臓の鼓動がどんどん早くなる。血が頭にまで登ってきているのがわかる。切れ切れになる息を平常に戻しながら、次の鬼の攻撃に備える。


 床にたたきつけられていたこん棒はそのまま上に振り上げられることなく、横に振り回された。床の破片と共にこん棒が俺の方に飛んでくる。俺は高く跳び、それをかわす。横に振り回されたこん棒は勢いよく壁にめり込んだ。


 俺に出来ることはとにかく部屋の中を走りまわることだった。そうやって鬼の隙を見つけるしかない。

鬼がこん棒を振り上げるたびに、奴の筋肉が動いているのがわかる。岩のような固い筋肉だ。果たして俺が持っている刀で切り落とすことができるだろうか……刀を強く握りなおして自分に問いかける。刀の柄はもうすっかり、俺の体温にまで温まっていた。


 それからしばらく鬼の猛撃がつづいた。


 鬼がこん棒を振り、俺はそこから逃げ続ける。こん棒を振るごとに鬼の体の調子も上がっているらしく、だんだんとその速さと精度も高くなっている。部屋はそこが男の仕事場だったという面影はなくなり、傷だらけの戦場に変わり果てていた。


「早く鬼を殺せ」


 声がまた聞こえてくる。鬼の攻撃をよけているだけの俺を急かしているようだ。誰がしゃべっているのかわからない声に焦りが増していく。間合いを詰めてもすぐにその場所にこん棒が飛んでくる。鬼が歩けばその位置にも気を付けていないと踏みつぶされるかもしれない。体が大きいというだけでありとあらゆる危険が付きまとっている。


 鬼は一向につかれる様子を見せない。あれだけの重さのこん棒を振り回してもつらい表情を見せることもない。鬼が隙を見せるタイミングをうかがっているだけでもう勝機は見込めないだろう。


 ――やるしかない。


 鬼がこん棒を地面に叩きつけた。あいかわらず大きな地響きと共に振動音が響き渡る。俺はそれと同時に一気に鬼との間合いを詰める。あたりのがれきや土煙に紛れて鬼の足元にまで距離を詰める。俺の体の幅と同じくらいはあるだろうその足はやはり頑丈そうだ。刀ではとても斬ることはできない。やるならば首を狙うしかない。


 足に力をこめ、強く地面を踏み込んだ。

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