26話 気持ち悪い顔をしていないで
女神は松明を見終えると、名探偵ごっこをやめて洞窟の中をぐるっと見渡した。
もう松明への興味はなくなってしまったようだ。長い後ろ髪をいじくりながら一回ため息をついた。落胆からくるものではない、めんどくささが募った末に出てしまったたぐいのものだ。
これから戦わなくてはならないのは、男が飼いならしている猛獣といことだ。男がその場で鍛冶仕事をしていてもおとなしく見守っている。しかしいざ侵入者が現れればそいつを容赦なく噛み殺そうとして来る危険な門番。
男は俺の死を望んでいる。男ははじめからモモを渡す気なんてないのだろう。ただ、無謀な少年が無残に散っていく姿を想像して楽しみたいだけの変態。今頃は俺が猛獣にやられている姿を妄想しながら楽しんでいるのだろうか。男の気味の悪い笑みが頭の中でずっと俺のことを見ているような気がしてしまう。
……面白い。
男がそのつもりなら、俺だってもう容赦するつもりはない。必ず猛獣の首をもぎ取って男の前に投げ捨ててやろうじゃないか。そしてその勢いでモモを男のもとから救い出す。
そして俺たちはもう一度一緒に旅をするんだ!
「気持ち悪い顔をしていないでさっさと奥に行くわよ」
女神の一言で俺は妄想から引き離された。女神は気が付いたら少し前を歩いていた。俺は自分の顔を何度かこすってみる。別に気持ちの悪い顔なんてしていたつもりはない。強めに顔をこすってみて表情を元に戻して俺も女神のあとを追う。足音が妙に洞窟内で反響した。
同じような松明の明かりが15個ほどつづいた後、洞窟のその通路は行き止まりになった。
冷たい岩壁が行き手を阻み、その真ん中に扉が付けられていた。
加工された岩でできた固い扉だ。特に装飾されているような様子もない。
それらは、無理やり作られたような感じはしない。もとからそこにあった岩壁に、元からそこに遭ったような扉。その二つは洞窟の雰囲気を邪魔することなく、それでいて確かな存在感を持ってそこに存在していた。
この先に何が広がっているのかわからない。おそらく男の作業場所があるのだろう。そして、猛獣が共にいる。この扉は猛獣を閉じ込めておくための檻なのかもしれない。扉は向こう側の情報をすべて遮断しているようで、中の音、においや気配すら何もこちらに教えてくれない。
女神は何度かその扉をさすった。その表情はさっきの名探偵のようでありながらも、目は事件の謎以外の何か、敵とみなせるような何かを見つめていた。それから首を何度か横に振って、俺に言った。
「とりあえず先に進みましょう」
「先に進むって言ったって、この先に猛獣が住んでいるんじゃないのか?」
女神はああ、と口を開く。やけに他人事だ。
「確かにそうね、じゃあ戦いの準備はもうできている?」
戦いの準備といわれてもこちらは丸腰だ。いったい何を準備するというのだろうか。俺は手を横にして何もないことを女神に訴えた。
「まあ、猛獣くらいなら大丈夫でしょ。何のための力よ」女神はうなずきながら言った。
もう、なんか、女神は何を言っても伝わらないや……俺は諦めて扉に手を伸ばす。どうせ俺はこの手でモモを助けなければいけないんだ。こんなことでへこたれていられない。
扉を強く押す。開いた扉の隙間から、うっすらとした光が差し込んできた。




