23話 それだけ本気だったんだよ
俺は小屋を越えて奥に続いている道を歩き始めた。男の言い方によれば、この道を少し歩いていけば洞窟があるらしい。狐の情報もあるし、そのこと自体は嘘ではないのだろう。気になるのは洞窟の中にいるという「猛獣」の話だ。そんな運よく洞窟の中に猛獣が住み着くものなのだろうか。
「また変なことに巻き込まれたわね」と隣から声がした。
気が付くと、隣に女神が姿を現していた。もう女神が突然現れても驚かなくなった。女神はこれまで何もなかったかのように俺に話しかけてきていた。
「あの男、本当に何を考えているのか知らねえ」女神は腕を組みながら考えている。
あの男が何を考えているのかは最後まで分からなかった。男について分かったことは、彼がよくわからない存在だということ、そして信用できないということだ。あんな男がモモを連れていると思うとやはり恐ろしい。
「お前の目からみて、どうなんだ?」俺は女神に訊ねてみた。「やっぱり罠かな?」
「まあなにかしら思惑があることは確かでしょうね。そんな運よく洞窟に猛獣なんて住み着かないわよ」
女神も考えていることは一緒のようだ。何かしらがこれから先、俺たちのことを待ち受けている。でもそれが何であるにしても、俺はその洞窟に行くしかないのだ。モモの顔を思い出す。彼女は外に出ている間ずっと体を震えていた。目の前の恐怖におびえているようだった。いったいなぜ、モモはあんな男のもとにいるのだろうか。まだ謎なことはたくさんあった。
「それにしても、あんたの吐く甘い言葉は面白かったわ」と女神は言った。
彼女の顔からはいつの間にか真剣な表情が消え、いつものいたずらな表情に戻っている。遊び道具を与えられた少女のようだ。俺は急に恥ずかしさがこみあげてきた。たしかに、われながら大したことを言ったものだ。
「笑えるだろ?こんなよくわからない世界にきてもずっとお前のこと考えてるんだぜ?」
女神は俺の真似をしながら、俺の言った言葉を繰り返している。少しだけ似ているのが苛立たしさを助長させる。耳が熱い。言った言葉が本心であればあるほど、あとから掘り返されると恥ずかしい。女神の姿が見えないからって油断していたのかもしれない。
「もういいんだよ、それだけ本気だったんだよ」と俺は女神のものまねを遮るように言った。
女神は物足りなそうな顔をしながらも楽しそうに笑っていた。腹を抱えながら笑っている女神の姿を見るとどうにも憎めない。今ではもう顔全体がほてっている。
「まあ、あなたの本気さは伝わったわ」
笑っていた女神は突然真面目な顔になって言った。突然の対応にどう答えていいのかわからなくなる。顔の温度が上昇していく。このまま沸騰するのかもしれない。困っている俺の顔を見て、もう一度女神は笑った。何が本気で、何が冗談なのか。この女神も、鍛冶職人のことを言えないくらいには謎だと思う。まあ、それでも許そうと思ってしまうのが、さらに謎なのだ。
そんなことをしているあいだに、目の前の再び川が現れた。さっきとは違う二本目の川だ。




