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21話 無謀な馬鹿は嫌いじゃないよ

 男の声を聞いて、モモは体を震わせ、反射的に俺の手を振り払った。俺の手は行き場をなくして宙にぶら下がる。男の声をスイッチにしているかのようにモモは動いていた。彼女は再び口を固く閉ざして俺との距離を置いた。もう話せない、そう決め込んでいるような立ち方だった。


「その様子だと、お兄さんの片思いだったようだな」と男は言った。男は顎髭をいじりながら俺たちの方まで近づいてきた。ぽんぽんと俺の肩を軽くたたく。

「桃太郎だ」と俺は言って男の手を振り払った。男の手も宙にぶら下がったが、すぐに男の脇に戻っていった。


 男は俺の名を聞くと面白くなさそうな顔をした。俺の名前には興味がないみたいだ。そういえば、この男の名前も俺は知らない。男は別に名乗ろうとする様子もなかった。


「それで、桃太郎君はいったい何をしているんだ?まさかこいつに会うために森に来たわけじゃないんだろ?」男はモモを指さしながら言った。

 鬼退治をしに来た。俺はこの男に正直な事を言うべきか迷った。この男はやっぱり信用できない。まだ、昼間の荷物泥棒の件だって確認ができていないのだ。何をしようとしているのかがまったく掴むことができなかった。

 

 しかし、なにかきっかけがなければ、このままモモと二度と会えなくなってしまうかもしれない。それもまた事実だった。どうするべきか悩んだ結果、結局、男に鬼退治に行くことを話した。


「ほう、鬼退治か」と男は言った。

 男の動きが一瞬止まる。俺の話を聞いて、急に男の目の色が変わった。さっきまでの食いつきとは明らかに違う。声色が高くなる。どうやら男の興味を引いたようだ。


「いいねえ、鬼退治。そういう無謀な馬鹿は嫌いじゃないよ」と男は俺の肩をまた叩きながら言った。今度はさっきよりも勢いが強い。気持ちのいい音があたりに響いた。肩のあたりが少しジンジンとする。男は豪快に笑っていた。耳に男の声が鳴り響く。


「鬼退治か」と何度も独り言をいいながら、男は俺の周りをくるくると歩いた。俺の体をじろじろと観察し、なにかを見極めているみたいだった。しかし、その目には厳格になにかを見極めようとする光はなかった。そこにはただ、好奇心だけが含まれていた。 

 

 その間もモモはじっと小屋の扉の前に立ち続けて決して動こうとしない。体は今も小刻みに震えている。


「鬼退治にこんな役立たずを連れていくのか?」男はモモの方に視線をやりながら訊ねてきた。「こいつは何をやってもどんくさい置物だぞ?」

「それでもいい」と俺は答えた。そんなことは俺にとってどうでもいい事だった。


 男は短く口笛を吹いてそんな俺をからかった。俺は男をにらみつける。しかし男はひるまずあいかわらずへらへらとしていた。


 男はそのまま少し考えるそぶりをしてから、思いついたかのように話し始めた。


「よし、あんたの心意気に惹かれたよ。こいつを一緒に鬼退治に連れて行かせてやるよ」


 突然の提案だった。驚いたのは俺だけではなかった。提案を聞いていたモモは、それまでの沈黙を破り顔を上げた。その目は丸くなり、驚きの表情が顔全面に現れていた。俺らの表情が変わったのを見て、男はにやりと笑った。満足げといったご様子だ。


「しかし、ただでという訳にはいかないな」と男は続けた。

「あんたには一つ頼まれごとをしてほしい」

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