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19話 力のない奴を馬鹿にして何が悪い?

 男の言葉を最後まで聞くことができず、俺は彼の頬を殴った。男は体勢を大きく崩して後ろに倒れる。鉄くずを殴ったような鈍い音が鳴った。反射的に殴ってしまい、うまく力を調整する余裕はなかった。


 男は殴られた頬を押さえ俺のことを見上げた。何が起こったのか理解しようと殴られた頬をずっとさすっている。


 俺はまだ男の温度が残っている右手を左手で押さえる。その手にはまだかすかに振動が伝わって来た。後悔はしていない。モモの悪口を言われると無性に腹が立った。


 こちらの世界に来る前でも似たようなことがあった。モモが死んでしまってから、「バケモノの使い」だなんてモモノ陰口を叩く奴らがいた。――そいつらにも気が付いたら殴ってしまっていたっけ。この世界に来てもその衝動は変わらなかったみたいだ。


 男はゆっくりと立ち上がった。その顔は痛みに歪んでいるというよりかは、奇妙な笑みをのぞかせていた。手で押さえていてはっきりとは見えないが、俺が殴った頬は赤く腫れていた。でも男はその腫れた痕を大切に扱うように何度もなでている。


「何だよ、突然、驚いちまったじゃないか。友人の真実を聞いて受け止めきれなくなっちまったってか?」

「お前がモモのことを馬鹿にしたからだ」


 男は頬押さえながら笑った。骨と骨を重ね合わせたような、乾いた笑い声だった。この男には俺のことを挑発しようとする、はっきりとした意図がある。ここですべてを相手に握らせるわけにはいかない。俺は身構えて男と対峙する。


「なんだよ?力のない奴を馬鹿にして何が悪い?」と男は立ち上がりながら言った。口から血の塊を吐き出している。その顔にはさっきと同じ、冷たい笑みが浮かんでいた。

「あいつは一人じゃ何もできない、弱い生き物なんだ。自分の意志で動けない、俺の命令を聞かなきゃ何もできない。つまり、あいつが生き残れるようにしているのは、この俺なんだよ」


 男はだんだんと言葉に調子が出てくる。完全に開き直っているようだ。俺はもう一度こぶししを強く握りしめる。歯を食いしばっていないと、もう一度男に殴りかかってしまいそうだった。男はなお、続けて言う。


「おいおい、そんなに怖い顔するなよ。お前さんだって、力のある人間なら分かるだろう?この気持ちが」

「分かってたまるか」俺は男の問いかけを一蹴する。


 男は俺が同意してくれないことを知ると、頭を抱え溜息を吐いた。「やれやれ、とんだ殴られ損だ」なんて言いながら抱えたての隙間から俺の事を覗いた。男はしばらくなにかを考えてから、仕方ないといった感じで俺に言った。


「お前さんが、モモのことを気にかけているということはよ~く分かった。だから、特別にモモに会わせてやるよ。その代わり、俺もその場に立ち合わせてもらうからな」


 そう言うと、男は小屋に向かって「おい」と一言叫んだ。モモの名前を呼ぶことはなかった。

 しばらくして、扉が開いた。


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