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18話 何をしに来たんだ?

「そこで何をしている」


 俺と女神で口論をしている途中に、急に声をかけられた。低い、重みのある声だった。

 声は小屋の方から聞こえてきた。目をやると一人の男が小屋から出てきて、こちらに向かってやってきていた。俺は隣にいた女神を見る。しかし、いつの間にか女神は跡形もなく姿を消していた。多分近くに入るのだろうが、姿は見せない。つまり、今ここには自分自身しか頼れる存在はいないということだ。


 男はすぐに近くまでやってきた。黒い衣を身にまとった、頑丈そうな男である。黒い髪に長い黒ひげを生やしたその姿は歴戦の猛者のような雰囲気を醸し出していた。


「俺の家の前でなにをしていたんだ?」と男が訊ねた。

 俺は解答に困ってしまう。まさか、モモを取り返しに来たなんて直接いう訳にはいかない。とりあえず男に苦笑いで返す。

「他の奴はどこに行った?でかい声がしていたはずだが」男は更に問い詰めてくる。

 

 男に問い詰められても女神と一緒にいたなんて言えないし、姿が見えない以上怪しまれても仕方がない。俺はあたりを見渡して最初からそんな人はいなかった、というようなそぶりを見せた。男との間に沈黙が走る。完全に怪しまれている。


「あ、あんたが集落に住んでいたおじさんってやつかい?」

 沈黙に耐えられず、俺は男に投げやりな質問をした。正直話題を変えられたら何でもよかった。

「知っているのか」と男は静かに答えた。

「集落の人たち心配していたぞ。変な、いなくなり方したから今ちゃんと生きているのか不安だって」

 

 よくこんな言葉が出てきたもんだと自分でも思う嘘を付きながら懸命に男の関心をそらそうとした。男は何やら考え込んでいる様子だった。それから俺のことを見て言った。

「……お前には関係のないことだ」

 綺麗に一蹴されてしまった。なるほど、言うとおりである。


「それで、何をしに来たんだ?」質問は再び振り出しに戻ってしまった。


 男は手ぶらでこちらまでやって来たが、その体自体が武器だ、と言わんばかりの体格をしていた。強行突破してモモのところまで駈け寄るのは難しいだろう。もっとも、俺だって力はあるわけだし、戦えないこともないのだろうが、まだ不安が残るうちは無駄な戦いをしたくはなかった。それに、変に乱暴をしてモモにおびえられたりしたら大変だ。とにかく俺は、モモに会わせてもらわなければいけないのだ。


「あなたのもとにいる……友人に会いに来ました」

 結局、俺は直接言うことにした。怪しまれてしまっている以上、どれだけはぐらかしても無駄だろうと思った。

「友人?」と男は聞き返した。

「ええ、友人です。あなたの家にいると思うんですけど、柴犬の姿をした、モモって子が」


 男はその名前を聞いてかすかに笑った。声になるかわからないような大きさの笑い声だった。その中には冷たいなにかが含まれているように聞こえた。いかつい髭の顔に表情がこもる。

「あいつか」と男は言った。「あいつとどういう関係なんだ?」

「友人です」


 男はまた笑った。今度はしっかりと声を出して笑った。男の声が広場に響く。その声を聞いていると、なぜか自分の存在がドンドン弱くなってしまうような気がした。

「あいつに友人がいるわけあるもんか。あんな奴によ」と男はいった。その声には明らかに嘲笑の色が含まれていた。


「おい」と俺は反射的に叫んでしまう。「どういうことだよ?」

 俺は男との距離を詰める。胸ぐらを掴みそうになる右手をぐっと握りしめて男をにらみつける。男はそんな俺にひるむことなく続ける。


「俺はあいつと少しばかり長い時間を過ごしてきたが、あんたがな愚図はそういないぜ?言われたことしかできないし、いつも俺の目ばっかり気にして何もできないし、馬鹿で、間抜けで何もできない。あんな奴と友人なんて恥ずかしくて……」


 男の言葉は最後まで続かなかった。

 その前に俺が手を出してしまった。

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