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17話 言い忘れていたんだけど

狐の言っていた通り、男の家はすぐ現れた。川の少し離れたところに広場があり、その端に小さな小屋が立てられていた。まわりの木の色と同じ色だ。おそらく近くの木を切って作ったのだろう。俺たちは男の家を少し離れた所から眺めてみる。変に近づきすぎてばれることは避けたかった。


「言い忘れていたんだけど、」と女神が思い出したように言った。「男の家についたら、あんた一人で乗り込んでいくことになるからね」


 女神の突然の言い渡しに俺は思わず聞き返してしまった。女神は面倒くさそうに繰り返して言う。


「だから、あの家にはあんた一人で乗り込んでいくの。男に私の姿を見られるわけには行かないんだから仕方ないでしょ」

「狐は?」

「狐も変に露出させるのは避けたいのよ。繋がっていると知られて何されるかわからないしね」女神は怪訝な顔をしている。よほどあの男のことを警戒しているようだ。


しかし、突然一人で乗り込むといったって何をすればいいのだろう。単刀直入にモモを返せと言えばいいのだろうか。それじゃただの怪しい奴だ。そんなことでモモを引き渡してくれるとは思えない。ここにきて俺は全く作戦を立てずにここまで来てしまったことに気づいた。


 作戦はあるのか、と女神に訊ねてみる。

 女神は自信満々にこちらを見た。夏休みの宿題を終わらせた子供のような誇らしげな表情である。

「そんなものあるわけないでしょ」


 彼女は表情一つ変えずにそう言い放った。さすが女神さま、恐れを知らないようである。こんなんだから世界の管理もうまくいかないのではないだろうか?俺は一度、この女神と称する者の言葉をどこまであてにすればいいのか考えなければいけないと思う。


「作戦無しでここまで突っ込んできたのかよ?!」と俺は言った。呆れるしかなかった。

「だって一刻も早くここまで来たかったんだもん」と女神は言った。悪びれる様子は一切ない。「それに突っ込んでいくのは私じゃなくてあんたの役目だし」

「それにしたってさすがに無鉄砲すぎるだろ……」


 俺たちの声はだんだんと大きくなっていた。狐はそんな俺たちのやり取りを見て間に入った方がいいのか悩むそぶりをしていた。俺の顔を見て、女神の顔を見て、どちらのことも窺いながら立ち往生である。

 結局、「私の役目は終わりましたのでこれにて失礼」とか何とか言い残してどこかへ行ってしまった。


 女神と生産性のない無駄な口論をしてから、俺はもう一度男の家に目をやる。これからどうすればいいのか、急に不安がこみあげてきた。


「そんなこと言ったって、あんただって何も考えてなかったでしょ」と女神は言った。

 俺は返答に困ってしまった。なかなか鋭い指摘だ。俺はウグッと変な声を出してしまう。


 モモに会いたい、その勢いだけでここにまで来てしまったが、どうすればいいかということはあまり考えられていなかった。女神は俺がひるんだのを即座に感じとり間合いを詰めて反撃の態勢に入る。


「だいたい、モモちゃんを本気で助けたいと思うなら、来る途中に作戦を考えるくらいの誠意を見せなさいよ」

「考える暇なんてなかっただろうがよ」

「いっぱいあったでしょうがよ。無駄話していようが、川飛び越えていようがモモちゃんを助けようと思えばいくらでも作戦なんて浮かんだでしょう?」


 もう完全に女神のペースだった。女神は言っていることはめちゃくちゃだったが、まあ筋は通っていた。これ以上反撃してもただの言い訳になってしまうのは分かっていたが、それでもなにか言い返してやりたかった。


 しかし、そんな俺の思いもむなしく、俺たちの喧嘩は男の介入によって中断させられてしまった。



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