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14話 今から向かうのですか?

 俺は男の情報を整理してみた。


 集落にいたおばさんは「変なおじさん」「やばい奴だと言っていた。「偽りの平穏」などと言って集落を飛び出して森の中に住み着いた。そして森の中に住んでからは、小屋を建ててひっそりと暮らし、洞窟に入りながら何やら金属を打っている。そしてどういうわけか、モモに首輪をつけて従えている……。


 そこまで考えていて、俺は一つの疑問が浮かんだ。


 その男は鬼に襲われはしないのだろうか?集落が鬼から守られていたのは長老が結界で守っていたからだ。その結界を一歩でも出れば、鬼が出てきたっておかしくはないはずだ。


 俺はそのことを女神たちに訊ねてみた。女神はその質問を聞くと、やっと気づいたかというように笑みを浮かべた。したり顔である。


「そこなのよ。私が怪しいと言っているのは」と女神は言った。


「鬼は人間を襲う。どこにいたってそれは変わらない。結界のある場所の中ならある程度は安全だけど、こんな森の中で一人で生きていけるはずがないの」


「鬼は基本的に人間の財宝や食料を狙いますので、獣を襲うことはありません。ですので安全なのですが、この森の中にも鬼がうろついていることはあります。鬼は嗅覚もいいです。人間が生きている気配に気づいたら、もうおしまいです」狐も付け足すように言った。


「それなのに男は生き続けている」俺は独り言のようにつぶやいた。

「それも三年間もね」


 そこまで言われて、俺はこの男の異常さがわかってきた。森の中に一人で住みながら、鬼に襲われることなく生き続けている男。偽りの平穏じゃない何かをこの森の中で見つけたのだろうか。そして、どういう訳かモモを従えて生活をするようになった。そこに何の意図があるのだろうか。


 とにかく行ってみるしかない。それが俺の中で出すことができた唯一の結論だった。

 謎の男のことはどれだけこの場で考えていてもわからないままである。


「その男の住んでいる場所はわかるのか?」と俺は訊ねた。

「ええ。わかりますが、」と狐は答えた。「今から向かうのですか?」


 俺は狐に向かってうなずいた。夜ではあるが、動くなら早く動きたかった。それにさっき眠ったせいで眠気も全くない。


 狐はどうやら迷っているようだった。今までのやり取りから、急にその怪しい男の住処まで案内しろと言う流れになったのだ。さすがに迷いもするだろう。


 狐はうーん、などとうなり声をあげているが、一向に茂みの外に出てくる気配がない。狐の声が静かな広場の中に寂しく響く。あたりはそんな狐の不安を助長するようにいたずらに暗くなっていった。


狐がいつまでたってもなんとも言えない声を出しているだけの状況に、ついに女神が動いた。

「いつまでうなっているのよ。場所を知っているならさっさと案内しなさいよ」


 そういって女神は茂みにもぐって狐の足を取る。そして狐を茂みの外へ引っ張り出そうとした。狐は、押さえていた本心をさらけ出して何とかその茂みの中に踏みとどまろうとしている。茂みから引っ張り出そうとする女神とあらがう狐という図は何やら子供の喧嘩を見ているみたいだった。


 結局、抵抗もむなしく狐は茂みの外に引っ張り出されてしまった。戦いの後の両者は息を荒くしてその場に立っていた。


「ほら、早く、私たちを、男のもとに、案内しなさい」と女神は息を切らしながら言った。女神も息を切らすか。不思議だ。

「わかりました。ついて、きて、ください」と狐も息を切らしながら言った。


 息を切らし、首をしょげながら俺たちの前に歩いていこうとしている狐の姿は少しかわいそうだった。俺が案内してもらおうと思っただけに胸が痛くなる。


「ごめんな」と俺は狐の背中に声をかけた。言ってあげないと狐が報われない気がした。

 狐は首をたれながらこっちを見て、優しくうなずいた。そこには何か諦めのようなものを感じた。狐はそのまま俺たちを案内するために歩き出した。


「さあ、行くわよ」と女神は言った。もう息は切れていない。元気そうだ。

 

 俺と女神はそのまま狐の案内に従って進み始めた。夜の森は再び薄暗かったが月の光がその中をほのかに照らし続けていた。


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