13話 その男の情報なら入ってきております
狐は顔を出してはいるものの、なかなかこちらに出てこようとしなかった。なにやら警戒しているようだった。それもそのはずだ。あんな咆哮を聞かされたあとでは、恐ろしくも感じる。おそらく、飛んでここまでやって来たのだろう、狐はまだ息を荒立てている。そんな状態で、狐はこちらの様子をうかがっていた。
「ただ今、やってまいりました。女神さま、桃太郎さん、こんばんは」と狐は途切れ途切れに言った。まだ息は整っていないようだ。
「ちょっと遅いんじゃないの?」と女神は顔をしかめて言った。
「えっ」狐の動きが固まるのを感じた。
「冗談よ」と女神は笑いながら言った。
これが冗談じゃなかったら正気をうかがうしかない。あんな怒号で呼ばれて、おびえずにすぐにやって来た狐をほめたたえてやりたい気分だった。でも、そんなことしたら女神がめんどくさくなりそうだったからやめた。
「ほら、早く狐に用件を聞こうぜ」と俺は言った。何とか助け舟を出したつもりだった。
「そ、そうです。女神さま。いったい何のご用でしょうか?」狐も慌てて俺の流れに乗った。
女神はつまらなそうにしていたが、しょうがないといった感じで諦めた。俺らが放っておいたら女神はまたいたずらをしようとしていたのかもしれない。
女神は用件を語りだす。
「狐、この森に住み着いている怪しい男の情報をちょうだい」
「怪しい男、でございますか」
「そう、そんな昔ではないと思うけど、犬みたいな僕を連れて森の中に住んでいる怪しい男よ。知っているでしょ?」
狐は女神の質問を受けて何やら考えているようだった。頭の中で情報を探し出しているのだろう。森の中では多くの出来事が日々起こっているはずだ。そして、おそらく、それらの情報は狐の耳にはいってくる。狐はまだ茂みの中に体を埋めながら記憶の引き出しを探っていた。
「確かに、その男の情報なら入ってきております」と狐は言った。ようやく正解の引き出しを開けることができたようだ。
狐はさらに続ける。
「おそらく二年ほど前でしょうか、この森の中にその人は住み着き始めましたね。森の中に人間が住み着くなんて初めてのことだったので、少し話題になりました。そういう意味では怪しいと言えますが、それ以上特に森の中に危害を加えるようなことをしたという情報は聞いておりません」
俺は狐の言葉を聞いて少し不思議に感じた。集落でおばさんから聞いた話や、モモを連れて帰ろうとした印象とはあまり一致しなかったからだ。狐の情報だけでは、男は理森の中に住み着いておとなしく暮らしているめずらしい人間ということになってしまう。
「それで、その男は何をしているんだ?」と俺は訊ねてみた。男のことをもっと知りたい。
「情報によりますと、森の中に小屋を建てて暮らしているようです」
「それだけ?」今度は女神も訊ねた。彼女も男の情報を欲しがっている。
狐はもう一度沈黙に入った。記憶の中の引き出しをさらに開けている。男が住み着いてから三年間の情報を片っ端から整理しているのだろう。そう考えると、この狐はやはりすごい。それだけの情報をためておいて整理するなんて技は俺には到底できない。それだけの除法があるのなら、俺を見た時に何か違う雰囲気を感じることができたのも、納得できる。
ーーそういえばあの時狐は何を言おうとしたのだろう。
俺の中でふと昨夜の記憶がよみがえった。狐はあの時俺の中に何かがあると言おうとしていた。「見間違い」とあの時言われたが、狐はあの時何かを伝えようとしていた……。
「そういえば、その男は洞窟の中で何やら作業をしているみたいです」
俺が考え事をしているあいだに、狐はどうやらまた正解の引き出しを開けることができたようだ。俺は意識を狐の方に戻す。
「作業?」と俺は聞き返した。
「はい。なにをしているのか具体的にはわからないのですが、よく洞窟に入っていく姿を見ると獣が言っていました。なにやらカンカンと乾いた音が響くこともあるらしいです」
乾いた音か、と俺は考えつける可能性を考えてみる。木をたたいているのならカンカンなんて音は出ないはずだ。となると金属だろうか?
「鍛冶屋?」と俺は声に出してみる。
その言葉に女神もうなずいた。どうやら同じことを考えているようだ。
「いよいよ怪しくなってきたわねえ」と女神は言った。
女神の声のトーンが上がっていく。つまんなそうにしていた顔にも次第に元気が戻る。




