11話 ずっと寝言を言ってたわよ
目がさめた時にはもうあたりは橙色に変わっていた。秋の夕陽が俺の目に優しく入り込んでくる。
「やっと目がさめた」と女神が言った。やっぱり俺の横でどこかを見つめていた。「おはよう」
「おはよう」と俺はやっぱり目をこすりながら言った。
「眠ている間ずっと寝言を言ってたわよ」と女神は笑いながら言った。
「嘘だろ」
「ほんとよ。眠りながらモモ、モモ、って言ってるの。なんか恋する乙女みたいでかわいかったわよ」
女神は口を手で押さえながら笑っている。俺は顔が熱くなった。夕陽に当たった熱さだと思いたかったが、残念なことに夕陽は雲に隠れて若干弱まっていた。あたりが少し暗くなる。
「しょうがないだろ。モモは俺にとって大切な存在なんだ」と俺は言った。なんか早口になっていた。
「夢に出ちゃうくらいね」
「うるさい!」
「ごめんなさい」と女神は笑いながら言った。あいかわらず子どもらしい笑い方をする。
「ともかく、」と俺は声を改める。「俺はモモにもう一度会いに行くぞ」
女神の顔が急にまじめに戻る。真面目というか何やら神妙な顔持ちだった。
「その件なんだけど、本気なのね?」
「当たり前だ。俺は向こうの世界にいた時からずっとモモに会いたかった。それでやっとこんな近くに会えたんだ。このチャンスを逃したくはない」
「たとえ誰かの僕になっていても?」と女神は訊ねた。
俺は言葉がうまく出てこなかった。別れ際のモモがもう一度頭の中で再生される。
「それでもだ」俺は答えた。
「俺とモモはこの世界に来る前、ずっと一緒にいたんだ。言葉は通じなくてもお互いの思っていることは通じ合っていた、と思う。だから、モモがその時の記憶を忘れてしまったとは思えないんだ。何か事情があるんだと思う」
「もう、この世界ではあなたのことを必要としていないのかもしれないのよ?」
「それでもやっぱりモモの口から聞きたい。あいつは、前の世界の俺に生きる希望を与えてくれた、唯一の友達なんだ。こんな形で別れてたまるか」
俺はだんだん言葉に込める勢いが強くなっていた。
そうだ、モモとこんな形で別れてはいけない。俺はモモともう一度話さなければいけないんだ。うまく言葉にならなかった決意がはっきりとした形になっていく。夕陽を隠していた雲が動いてあたりが再び橙色に色づいていく
「しょうがないわね」と女神は言った。広場のあたりをうろうろと歩き始める。その姿が夕日に染まり地面に影を作っていた。彼女の体が橙色に染まる。
「そこまで言うなら会いに行くしかないわね。愛しのモモちゃんに。でも、たぶん簡単にはいかないよ?」
「わかっている」
俺も女神の方に近寄っていく。夕陽が顔に当たる。もう眼は完全に覚めていた。俺は足から延びる長い影を引き連れて女神の前に立った。
「それでも、もう一度モモに会うんだ」
「わかった」と女神はうなずいた。俺たち二人の影は広場に長く伸びていた。
「そういえばね」と女神は思い出したように言った。
「さっきの寝言の話あるじゃない?」
「うん」
「あれね、うそ」
「はあ?!」
俺は思わず叫んだ。声が森の中にこだまする。
女神はそんな俺を見て、またいたずらな笑みを浮かべていた。彼女の後ろから夕陽が顔をのぞかせていた。彼女の頬は夕陽に当たっていたからか、ほんのり赤かった




